インタビューVol.6:大原慧子先生&堤莉咲子さん
ピティナ学校クラスコンサートは、2005年6月9日、埼玉県北本市立栄小学校にてスタートをを切りました。「学校の音楽室を1クラスずつ訪問し、子どもたちに目の前で音楽を感じてもらう機会を」という趣旨に、ピティナ北本支部長の大原慧子先生と当時の北本市長が賛同くださり、その一歩を北本市で踏み出すことができました。それから17年経った今、大原先生のコーディネートのもと、当時児童として学校クラスコンサートを体験した、娘の堤莉咲子さんが、今度はピアニストとして届ける側に立ってくださっています。お二人に当時の思い出と現在の想いをお伺いしました。
コロナ禍の休止を経て、北本市でも学校クラスコンサートが復活しましたが、久々のクラスコンサートはいかがでしたか?
ピティナ学校クラスコンサートは、いつも授業している音楽室で、演奏者の息遣いが聞こえる程すぐ近くで、生の演奏を届けられるという稀な舞台です。1クラスごとに行うという丁寧さも相まって、聴く側の皆さまだけでなく、演奏する側と致しましても、子供達の澄んだ瞳、驚嘆のため息、喜びの歓声、温かい拍手がダイレクトに感じられ、やはり、他にない素晴らしさがあることを改めて感じました。
当日の子どもたちの反応で印象深かったことは?
私は今年、北本市立石戸小学校で演奏させていただき、純粋な皆さんの反応が可愛くて仕方ありませんでした。最初はやや緊張気味ながらも、親しみを込めて友達のように話しかけて演奏するや、すんなりと打ち解けてくださって、演奏会が終わってからも握手にきてくださり、質問も盛り沢山で嬉しかったです。帰宅しようと校庭を歩いていましたら、みんなが声をかけてくれたのには驚きました。みな素直で明るくて、こちらこそ、沢山の元気をもらいました。
2005年に北本でスタートしてから、18年となりました
思い起こせば、それより少し早い2003年に北本支部が発足し、コンペティションを開催し始めました。日頃から、スポーツの分野の子どもたちはテレビなどでもよく表彰されるのを拝見していたので、同じように、日々練習を頑張り努力している音楽・芸術系の子どもたちにも、公益性ある立場の方から称えていただける機会があれば、それは公平であり、どんなに励みになることだろう!と感じていましたので、当時の北本市長が北本支部のコンペティション最高点の方に北本市長賞を授与くださることになり、みな喜び感謝致しました。
そして福田専務理事が北本市を訪れた機会に、ピアノを習っていない子たちにも生の音楽を間近で届ける学校クラスコンサートの構想をお話されたところ、市長は快くご賛同くださり、北本市で実験的にスタートすることになりました。初年度より北本市内全8校で実施し、それから現在まで、北本市教育委員会から変わらぬご支援を賜り、演奏をボランティアでご協力いただいた音大生や先生方、学校クラスコンサートの現在のスタイルの礎を作るのにご協力いただいた特級グランプリの演奏者の方々、本部事務局の俊英な社員の皆様のお力添えで、ここまで続きましたことに、感慨無量でございます。
その後、この「ピティナ学校クラスコンサート」の活動は全国の皆さまの共感を得て広がり、多くのアーティストの方々、各地でコーディネートしてくださる先生方、学校の先生方に関わっていただくまでになりました。
学校クラスコンサートという素晴らしい企画を考えてくださっていた福田専務理事と、地元の子どもたちへよりよい教育をとお考えの市長との御縁を結ぶことが叶いまして、舞台が実現し、それが、喜んでくださる皆さまのご協力で日本中に広がっていけたという幸運を、とても嬉しく存じます。また、開催の記録を拝見致しましたら、日本を代表するアーティストの方々や、ご多忙な先生方もご出演されていることを知り感謝しております。
スタート当時、小学生だった娘の莉咲子さんが、今度は学校クラスコンサートを実施する側として支えてくださるようになりましたね
学校クラスコンサート発足当時は7歳だった娘も、小学校4年生の時に学校クラスコンサートを体験させていただきました。学校クラスコンサートの演奏者として児童の皆さんに音楽の素晴らしさを伝えるには、なるべくコンペティションで受賞経験があり、薄謝もしくはボランティアで協力してくださる方を出来るだけ地元で探さなくてはならないので、その条件を満たす方がなかなか見つからず苦労していました。その実情を、長きに渡り娘は傍で見てきましたので、音大を卒業し、ボランティアで協力してくれるようになりました。
しかし気づけば、当初聴く側の児童の一人だった娘が、時は流れ、今地元の子どもたちの為に舞台に立ち、音楽の素晴らしさを伝えさせていただいているという事に、それはちょっと言葉には出来ないほど、感慨深い想いが身に染みて、胸がいっぱいです。そして、毎回楽しそうに本番に臨んでいる姿を見るにつけても、それはかつて、学校クラスコンサートで自らが受けた感動への恩返しの気持ちがあったから、、と言っても過言ではないでと思います。
莉咲子さんは、当時の学校クラスコンサートのことを覚えていらっしゃいますか?
はい、覚えています!さいたま市立仲町小学校在校時に体験しました。小学4年生の時のことなので、曲目など細かいことは覚えていないのですが、ピアニストの佐藤展子さんがみんなをピアノの周りに集めてくださって、友達とピアノの中を覗き込んだことや、クイズに正解して皆で喜んだこと、フルートの多久潤一朗さんが拍手の仕方や「ブラボー」の言い方を教えてくださって、皆で一緒に「ブラボー!」の練習をしたこと、色々とお話させていただいたことなどが、楽しかった記憶として残っています。クラスに戻ってからも、音楽の授業ではないのに、すごく気合いを入れて拍手をしたり、「ブラボー!」って言ったりして、その後もクラスで盛り上がっていました。私は普段から個人的にはピアノに関わっていたけれど、こうして学校のクラスのみんなと、音楽の話題で盛り上がれたことは、とても嬉しかったです。
その時の体験が、その後のご自身に与えた影響はありますか?
振り返ってみても、学校クラスコンサート以外に学校の音楽室にプロの音楽家が入ってくるという機会はありませんでした。こんなに近くでプロの演奏を聴くことは、後にも先にもなかったし、アンサンブルなので演奏者同士の息遣いも伝わってきて、「これがプロの緊張感なんだ!」と感動したのを覚えています。何度か学校クラスコンサートで共演させていただいたチェリストの上條里紗さんも、ご自身が4年生の時の鑑賞教室で「白鳥」を聴いて感動したのがきっかけでチェロを始めたのだと、子どもたちに話していました。こうした、私たちのように学校教育の中で出会った感動が、将来の選択にも大きな影響を与えていることを改めて感じ、身の引き締まる思いがしました。
私は小さい頃からピティナのコンペティションに出ていたので、表彰式でご一緒したことのある同じ埼玉県出身の特級グランプリ佐藤展子さんが、まさか自分の小学校へピアニストとしていらしてくださるとは夢にも思わず、喜びもひとしおで、とても印象的に心に残りました。だから学校クラスコンサートは私にとって特別に大切な舞台なのです。
当時体験した側の記憶から、今、ご自身が実施する側になって心掛けている点、工夫されている点などはありますか?
私は2018年からピアニストとして北本市の学校クラスコンサートに参加させていただいています。2022年度は6校、これまでに計14回訪問いたしました。
上手な演奏、素晴らしい音色、というものだけ追求するのならば、コンサートホールへ行って一流のピアニストの演奏を聴いてもらう方がいいので、学校クラスコンサートでは特に「子どもたちとの距離感」を大切にしています。子どもたちが音楽に対して心を開いてくれるように、気軽に話しかけやすいアットホームな雰囲気を出したいと思っています。
例えば、話す口調も明るい声で、上からではなく友達のように話しかけること、子どもたちの色々な声にこちらも耳を傾けること、子どもたちが「知ってる!」と言いたくなるような内容を入れること、などです。授業が終わった後に、子どもたちが質問したり話しかけたりしに来てくれた時には、そういう関係ができたのかな、と嬉しくなります。
選曲面ではどのような工夫をされていますか?
まずは、子どもたちが「知ってる!」と言えるような聞いたことのある曲を1曲は入れるようにしています。また、アンサンブルで行くので、もう1つの楽器の魅力を生かすような曲目を選んでいます。楽器の特徴が分かったり、その楽器ならではのテクニックを魅せるようなものですね。子どもたちの集中力を考えて、緩急や雰囲気の異なる曲を配置するなど、毎回の子どもたちの反応を見ながら試行錯誤をしています。
また、私のプログラムの特徴として、野平一郎さんなど現代作曲家の作品を入れるようにしています。どうしても子どもにとって「作曲家」と言うと、遠い世界の人、過去の世界の人と思われがちですが、作曲家も「今」を生きている人で、今この瞬間も新しい曲がどんどん作られている、ということを伝えたいと思いました。私は作曲を学んでいるのですが、その世界に出会ったのが高校2,3年の頃だったので、もっと早い時期に知っていたら…!という想いがありました。「知らなければ何も始まらない」と思うので、学校教育の場がそうした「知る」機会になり、そこから興味を持ってくれる子が出てくればよいなと思っています。
莉咲子さんの学校クラスコンサートでは、学校の先生のように子どもたちにたくさん質問をして考えさせる場面がありますね
学校の先生はカッコいい!と思っているので、1日でも子どもたちの先生になれて嬉しいです。と同時に、責任感と緊張感を感じます。
座って聴いているだけが音楽ではないと思っているので、どんどん活動に参加させるようにしています。でもそれは、学校クラスコンサートを始めた当初はあまり分かっておらず、こちらが用意していったことを披露するだけで精一杯でした。だんだんとやっていく中で、受け身ではなく、参加したり、考えたり、手を挙げたりという子どもたち側の動きが大切なのだと分かってきました。
子どもたちは「比較すること」が大好きなので、たくさん取り入れるようにしています。例えば、『動物の謝肉祭』の「白鳥」とショパンの「子犬のワルツ」。同じ動物でも、表現が全く違ってきますし、それに関わるテクニックも違います。白鳥を奏でる楽器と水面を表すピアノという対比もできます。学校の鑑賞教材でも聴いているので、CDと生演奏という比較もできます。
また、子どもたちが普段学んでいる勉強とのつながりにも気づかせてあげることで、より興味が湧くのではないかと思っています。例えば、ピアノの屋根の役割を話す時には、小学3年生の理科で習う「光の反射」と絡めて話すと、理解してもらえます。クラスに1人、2人は「理科博士」「歴史博士」みたいな子がいると思うので、理科の話や音楽家の時代と日本の歴史の話をすると、そういう子が音楽の時間にも輝ける場を作ってあげられます。
なるほど。学校にいる色々な子たちが、音楽の授業でも活躍できる場を作ってあげるということですね。最後に、学校クラスコンサートを通して、子どもたちに伝えたいことは何でしょうか。
学校クラスコンサートの体験を通じて、音楽を「楽しい!」と思ってくれる子が1人でも増えてくれたらいいなと思います。そして、おうちに帰ってご家族と会話をするきっかけになれば嬉しく思います。
環境の変化や少子化に伴い、幼少より熱心に勉強が行き届く素晴らしさの一方で、コロナ禍も重なって外遊びや余暇が減りつつあると感じる今般、固くなりがちな子どもたちの心に必要なことは、癒しだとも言われています。学校クラスコンサートを通して、子どもたちに音楽の持つ癒しの力を届けるとともに、勉強だけではバランスよく育てるのが難しい右脳の分野を、音楽により開発し、想像する力やゼロから発想する力を育んでもらえたらと願います。
一つでも多くの善い音楽活動が続き、皆の心が繋がり、末永く続いていきますように。音楽で繋がっているこのご縁に感謝し、これかららも精進して参りたいと思います。
(2023年2月取材)