特級グランドコンチェルト開催記念インタビュー Vol.2 森本隼太 聞き手:加藤哲礼
取材日:2022年3月11日 場所:ローマ(zoom)
聞き手:加藤哲礼(育英室長)
ヘイスティングス国際コンクールでの優勝おめでとうございます。ローマに戻ってきてほっとしたところだと思いますが、今回のコンクール、改めていかがでしたか?
とても良い経験だったと思います。モーツァルトのコンチェルトを短期間で学べたこと、そしてシューマンのコンチェルトをさらに深く勉強できたことが良かったです。ヘイスティングスの滞在はとても楽しくて、もちろんほとんどの時間はピアノと向き合う時間でしたが、場所が素敵でしたし、そこにいる人たちとの交流も楽しみました。このコンクール自体が地元とのつながりを大切にしていて、ボランティアの方もたくさんいらして。ボランティアの方たちとは「話しまくった」って感じです!
演奏についてはいかがでしたか?
今回は、音楽へのアプローチを少し変えて臨んだステージでした。というのも、今回は準備期間がすごく短くて、早いスピードで仕上げなければならなかったので、いつもとは違う仕上げ方を試してみたのです。
それはどういうアプローチですか?
説明が難しいのですが、作品ごとに「Conception(構想)」みたいなものを先に設定しておいて、それに向かって突っ走るというか・・。これまでは作品を演奏し、模索しながら見つけていくというやり方でしたが、今回は「これにする」というフィギュアを先に自分で作って、それに向かって走るという感じでした。
作品ごとの「Conception」というのはどのように形成していきましたか?
Conceptionは、だいたい自分の中でどんな雰囲気でどう仕上げていきたいかという意味合いで、何というか、曲の性格だったり、曲が結局何を伝えたいのかということと考えています。
例えば、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」は、これまでに何度か弾いてきましたが、もちろんまだ仕上がっているわけではないし、難しい作品です。今回の本番前に考えたのは、「この曲が何の意味を持っているのか」ということで、行きついたのは、「神」あるいは「Discipline(規律・自制)」というものと、フーガのテーマでもある人間の欲望や弱さのようなもの。この二つの要素を対比させようということでした。この基本的なテーマの上に、音楽的には、ここは「縦」のラインを重視しようかなどとバランスを調整したり、歌い方を決めたりと、細部を詰めていきました。最初にConception、フランクなら二つの要素の対比というのが自分の中でパキッと決まっていることで、方向性をもって練習をすることができたと思います。
なるほど。曲の輪郭がはっきりするというような感じでしょうか?
そうですね。曲の中にだいたいどのような気持ちや感情があり、どんな性格があるかを、なるべく具体的に考えていきました。フォーレのノクターンでは、これが正しい方法かは分からないのですが、自分なりに「歌詞」を付けてみたんです。この曲は、すでに何度も弾いて慣れてきていて、何にも考えなくても弾けるようになってしまっていました。自分のなかで「もう一度輪郭がほしい」と思って考えていたときに、前の日に「歌詞をつけてみよう!」と思い立ちました。そうしたら「あ、こういうものだったんだ」と自分の中でストンと腹落ちした感覚がありました。
それは、これまでやっていなかった方法ですか?
曲を徐々に理解して、うまく弾けるようになってきた曲に対してはConceptionはあったんですが、何というか、その大切さを再び感じたという感覚です。例えば、以前ラフマニノフの2番や3番の協奏曲を弾いていたときにそんな概念があったかというと、なかったですし、そのように捉える可能性もあったのでしょうけど、僕は試していませんでした。今回は、音楽を作るうえで、それが大切だと改めて実感しました。
モーツァルトのコンチェルトは短期間で仕上げたということでしたが、なぜこの曲を選んだのか、そしてどのようなコンセプトをもって臨んだのですか?
このモーツァルトのピアノ協奏曲第22番は、ナボレ先生のお薦めで選んだのですが、勉強しはじめて思ったのは、オペラに似ているなということでした。ちょうど学校で「フィガロの結婚」を勉強していましたが、この作品が作られた時期とも近かったんです。そこで、とにかくオペラに近づけようと考え、そのためにどうしたらよいか、呼吸の仕方やルバートの法則など、学校で伴奏の先生と学んでいることを活用しました。また、サウンドの作り方はナボレ先生と一緒に勉強しました。
シューマンは、1次予選でピアノ伴奏、本選ではロイヤルフィルとの共演という素晴らしい機会に恵まれたわけですが、いかがでしたか?
シューマンは、以前から勉強していたこともあり、今回の準備期間ではそこまで改めてという感じではなかったです。もちろん、先生のレッスンは一度受けましたが。今回、1次予選でまず弾いたのですが、なんだかしっくりこない感覚が残りました。あのときに加藤さんとも話しましたが、モーツァルトのように音楽に内在するものから何かを引っ張り出すというよりは、シューマンは、ある程度自分の感情を強く出して、自分が思ったことを付けることで魅力が出てくると感じたので、そこから一気に「こういうふうに音楽を作ればいい」ということが強く腑に落ちていって本選を迎えた感じです。
本選での演奏はとても満足しました。スコアを使って勉強していましたが、指揮者やオケとのセッションでは、時間もたっぷりあったので、かなり具体的に、チェロ、ヴィオラ・・各楽器の奏者と、ここはこういう拍感で弾いて・・などと確認できたことがよかったです。特に、各奏者がプロフェッショナルな素晴らしい音楽家でしたから、僕がある程度ピアノで示すとすぐに理解してくださったというのもありがたかったですね。
ヘイスティングスの本選では、他の方がラフマニノフやプロコフィエフを演奏するなか、コンクールの本選ではあまりお目にかかれないシューマンで臨みましたね。2020年夏の特級ファイナルではラフマニノフの3番を演奏していましたが、作品や作曲家に対する捉え方の変化はありましたか?
そうですね。いま一番興味があるのはドイツ音楽、シューマン、ベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトなどです。自分がふだん聴いている作品もそちらに寄ってきています。ナボレ先生の影響が大きいです。色々な録音を聴くと、やはりその分野(ドイツ音楽ならドイツ音楽)にはその分野のプロフェッショナルがいると感じますので、僕もさらに深くそれを勉強してみたいという気持ちがあります。
変化としては・・、音楽から感じ取れることが多くなったかなと思います。今は、以前よりももっと<美しさ>が分かるというか・・。受け入れられるものが多くなった感じがします。
優勝の褒賞で、来年ふたたびロイヤルフィルと共演できるのですね。今回の入賞においては、ひとつ、その演奏会が象徴的な場になると思いますが、どのようにそこを目指していきたいですか?演奏する曲は決まっているのですか?
せっかくシューマンでオケの方にも満足していただけたので、ロイヤルフィルとのデビューとなった際には、「チェンバーミュージックの本気」といっても過言でない、ブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾いてみたい、挑戦したいという気持ちを持っています。ただ、それは僕の想いなので、これから色々と調整していくことになります。
今後の勉強の方向性としては、まずはレパートリーを広げたいと思っていて、今年はこれ以上コンクールは受けないかもしれません。ベートーヴェンの後期のソナタやシューベルトの大きなソナタなども勉強してみたいですし、幸運なことに室内楽の可能性もこちら(ヨーロッパ)で出てきていて、来月はプロコフィエフのヴァイオリンソナタ1番を演奏する予定もあります。とにかく色々な曲をさわってみたいなと思っています。
繰り返しになりますが、今回のコンクールでのシューマンのオケとのセッションがほんとうに印象的で。僕がしっかり勉強して、僕の中で音楽の形が整って準備ができていたら、本当にオケに一瞬で伝わるんですよね。オケのみなさんが「応えてくれる」のを肌で感じました。どうなるか分かりませんが、ロイヤルフィルとブラームス2番弾きたいな~!!!
さて、5月の特級グランド・コンチェルトでは、以前からのレパートリーで今回久々に取り上げるリストのピアノ協奏曲第1番ですね。これはどんな曲ですか?リストの作品は、以前に色々と演奏していたと思いますが、改めてこの作曲家についても、いかがですか?
リストの1番は、僕が14歳の時に勉強をした曲で、東京のコンチェルトステップで演奏させていただいたり、ヴァン・クライバーン・ジュニア国際コンクールなどでも準備した作品です。福田靖子賞のマスタークラスでダグ・アシャツ先生に教えていただいたこともよく覚えています。
この曲をふたたび弾くということで、まだ今はちょっとどうなるのか予想もつかないのですが、14歳のときは、指もまわりましたし(笑)、「できることを全部出して、自分ができる表現を最大限出していこう」と思っていて、動画を見ても「最大限表現しているな~」と思います。今は、音色や表現力の幅もかなり大きくなったと思うので、ただ指の回りや勢いに任せるだけではなく、その反対に、勢いを抑えることで出てくる威厳やハーモニーの美しさ、この曲でも必要になってくるオケとの会話などを大切にしてみたいです。そこはかなり成長したと思うので、あらためて勉強するのが今から楽しみです。
ザ・シンフォニーホールで弾くのは初めてですよね?関西を代表するホールですが、この舞台で演奏するというのはいかがですか。
シンフォニーホールにはいつも通っていました。関本先生のコンサートにももちろん行きましたし、他にも色々な演奏会に行きました。印象に残っているのは、BBC交響楽団のコンサートで、マーラーをはじめて聴いた演奏会でした。ほかにもたくさん聴いています。いままでずっと通っていたその場所で自分が弾くというのは不思議な気分ですね。あの素晴らしいホールで自分の音がどんなふうに響くのか、とても興味があります。
コンチェルトを聴く楽しみというのがとても分かりやすい企画ですが、このコンサートのコンセプトに向けてはいかがですか?
お客様にとってもコンチェルト3曲というのはとても大きなプログラムですが、今回は特に若手の3人が違うタイプのコンチェルトを弾くという、すごく面白いアイデアのコンサートだと思います。尾城さんとも亀井君とも何度もお会いしているので共演を楽しみにしていますし、3人がそれぞれ違った個性を持っているので、それをお客様にも感じていただきたいです。
最後に、グランドコンチェルトを楽しみにしてくださっているお客様に向けて一言!
僕は今回、ザ・シンフォニーホールで演奏することをほんとうに楽しみにしています。この素晴らしいホールでリストのコンチェルトが弾けるというのは、ある意味で、特級ファイナルが終わったあとのこの1年半、音色やタッチや、自分の中の一つ一つ丁寧に見直して勉強してきたものを一気に開放させる絶好の舞台です。リストのコンチェルトということで、どこかハンガリー的な、ヴィルトゥオジックな雰囲気を出して演奏したいと思っています。ぜひお聴きください!