開催レポ:ヤマハ名古屋~特級グランプリ褒賞リサイタル
会場:ヤマハグランドピアノサロン名古屋
出演:鈴木愛美(p)
主催:ヤマハミュージックジャパン株式会社
後援:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
街に映える陽光に早くも初夏のきらめきを感じる4月6日、ヤマハグランドピアノサロン名古屋にて、2023ピティナ特級グランプリ鈴木愛美さんのコンサートが行われました。
ヤマハやベーゼンドルファーのグランドピアノが展示されたフロアに40ほどの客席という贅沢な空間。開場とともに熱心なお客様が席を埋めていきます。
開始時刻となり現れた鈴木愛美さんは、一礼の後着席、少し間を取ってから演奏を開始しました。
和音からのフレーズで始まったK.475。モーツァルトの〈幻想〉の世界が厳かにアダージョで広がっていきます。
ペダルを抑えた静寂の世界。そこに息づく弱音達が密やかな森の中に現れた妖精のように、生き生きとステップを踏みます。嵐が吹き荒れるようなパートを経て再び静寂へ。最初と同じフレーズを、鈴木さんはゆっくり振り返っていきます。
余韻を残しながら曲はK.457へ。性急と平静を繰り返しながらも右手がメロディを朗々と歌います。第2楽章では聖なる響きが会場を覆い、その清らかさに思わず目が潤みます。幻想の世界を総括するような第3楽章は、鈴木さんの冷静でクレバーなタッチが光りました。
ベートーヴェンが敬愛するルドルフ大公のために書いた曲。Le-be-wohl(告別)と名の付いた音型からの幻想的な始まりから大胆な跳躍へ。ベートーヴェンの魅力が存分に伝わってくる華やかさです。
第2楽章はどこか不安定で、まるで夢の中にいるような雰囲気。1音1音がとても流麗に繋がっていくのに気づき、鈴木さんの美しい音に今更ながら感じ入りました。
再会の喜びが溢れる第3楽章。明確で大胆なダイナミックレンジが圧倒的な幸福感を演出します。ドラマティックで多彩な世界に圧倒されました。
鈴木さんが昨年から取り組み、ピティナ特級セミファイナルでも演奏したシューベルトの「幻想」ソナタ。「奇跡的な美しさ」だが「演奏すると精神的に削られる」と以前に話されていたほど思い入れが深い作品です。
鈴木さんは目を瞑り集中の後に演奏スタート。深い思索の旅の始まりです。天上の調べのような清浄さと身を正すような緊張感。レチタティーボのようなメロディライン。重低音の響きも、聴いていて思わず意味を考えてしまうほどに、全ての音が雄弁に語りかけてきます。
ドラマティックな第2楽章と、重音の同音連打が印象的な第3楽章メヌエットを経て、いよいよ第4楽章へ。
自分の内面を測るかのように行きつ戻りつしながら少しずつ外へと出ていく過程は、聴く方も様々な感情を喚起されます。演奏者の思いやセンスが大きく関わるように感じ、この曲を鈴木さんの演奏で聴けたのは幸せだったとつくづく思いました。より自由で闊達な彼方へと世界が放射的に広がり、約40分の旅路は爽やかに穏やかに終幕しました。
ピティナ後の演奏会で、鈴木さんが何回か演奏されていた「楽興の時」からの第2番。重ねられていく音、次第に消えていく音、浮かび上がってくる音。鈴木さんの美音に酔いしれていると、突然の激情に心抉られました。
演奏を終えての感想と本日のプログラムについてお聞かせください。
とても緊張しました。最初のモーツァルトはまだプログラムに入れて間が無いので特に。プログラムとしては、シューベルトの「幻想」をメインに「幻想」繋がりで良い組み合わせになったと思います。ベートーヴェンの「告別」はピティナ特級の第1次予選で第1楽章だけ弾いており、今回は調性との関連で選曲しました。
鈴木さんというとベートーヴェンの印象がありましたが、シューベルトをお聴きする機会も増えましたね。
シューベルトかベートーヴェンの印象だと言っていただくことが多いですね。シューベルトがとにかく好きで勉強しています。
「幻想」ソナタの他にも、ピティナ後から「楽興の時」を勉強してコンサートのプログラムに入れてきました。今後は即興曲Op.142をレパートリーとして取り入れていけたらと思っています。
作曲家の意図する音楽を聴いている方に伝えたいと以前から仰っていますね。
はい。表面だけ整えるだけの演奏では結局何も残らないと思うので、作品の本質といえるものに少しでも近づけるような演奏をしていきたいです。
どの曲も名曲揃いで、私がもう何もする必要はないと感じるくらい作品自体が素晴らしい曲ばかり。ですから最近は音の綺麗さよりも、その作品にふさわしい音が必要なのではないかと考えているのです。もちろん綺麗な音は重要ですが、作品の核に近づきたいという気持ちが大きくなっています。本当に難しくて悩み中です。
作曲家や作曲当時の時代や状況と、現代を生きる鈴木さんの感性とのバランスについては、どのように感じていらっしゃいますか?
自分の感性を活かして、とはあまり思いませんが、それでも演奏というのは、自然と演奏家と作曲家のコラボみたいな感じで生まれると思うのです。私としては作品の素晴らしさを尊重したいですね。
ピティナ受賞後には、ソロやそれ以外のコンサートの機会が増えましたね。会場もサロンやホール、学校コンサート様々ですが、演奏する時に違いはありますか?
演奏会に足を運んでいただき、多くの方に聴いていただけるのは嬉しいです。演奏機会が多いのもとてもありがたく感じています。
会場ごとに響きやピアノが違うので、特に細かく考えて演奏自体を変えるということはないのですが、その時の状況と気分に応じて演奏するので、もしかしたら違っているかもしれませんね。
プロの演奏家としての意識も変わりましたか?
自分の中で何が変わったかというのを言葉にするのは難しいですが、ここ半年でだいぶ変わりました。周りからの反応も変わったと感じます。といっても常に目の前のことで精一杯だったので、あまり自分のことは客観視できていないかもしれませんが。
注目していただくことが増えましたが、私自身の実力が上がったというわけではないので、そこを忘れず作品の本質に迫れるような演奏ができるように、これからも勉強し演奏し続けたいと思います。
今後はどのような活動をされていくご予定ですか?
今年修士に入ったので2年間は大学院の学生として勉強します。その後は留学もしたいですね。同時に国内外のコンクールにも幾つか挑戦してみたいと考えています。
音楽家としての将来のビジョンを教えてください。
頑張って生きていきたいです(笑)。演奏家としては、ソロ活動はもちろん室内楽も好きですしコンチェルトも好きなので、とにかく演奏家として生きていけたら嬉しいです。
本番はとても緊張するので一生続くかと思うと大変ですけどね。でも演奏家として生きていればピアノを弾く時間が多くなる、つまり音楽に触れる時間が多くなるということなので、そうなれたらと思います。
今後もドイツものを中心に取り組んでいきたいですか?
基本はシューベルトやベートーヴェン、モーツァルト、ブラームスが中心ですが、他のものも演奏してみたいです。例えば今後ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」を弾く機会もあります(7月2日ピティナ特級入賞者コンサート)。この曲は古典にちょっと回帰したような作品で好きなのです。まだ22歳なので、あまり範囲を決めたりせずに色々なことをやってみようと思います。
ほんの2メートル先でお客様が見守る中、終始緊張の面持ちで演奏に没頭されていた表情と、終演後の明るく自由な笑顔。しかし音楽の話になるとやはりぐっと表情が引き締まり、その真剣な思いが伝わってきました。スマホの壁紙にしているほどに「ルプーが大好き」と語る鈴木さんの益々のご活躍が楽しみです。
(画像は全てヤマハグランドピアノサロン名古屋様より)
レポート:カイネ♪あのん