特級グランド・コンチェルト2023:桑原 志織さんインタビュー

特級グランド・コンチェルト
桑原 志織さんインタビュー
ドイツに来て変わった音楽との距離感。今こそシューマンを弾くタイミング。
海外に出たことで変わった作品との距離感

2018年よりドイツのベルリンに留学中で、2019年にブゾーニ国際ピアノコンクール、2021年にルービンシュタイン国際ピアノコンクールでそれぞれ第2位を受賞されています。現在のご状況はいかがですか?

やはりドイツ語を学んだことで、ドイツものの作品への理解度が高まった気がします。

それに、やはり人との距離感が日本とは圧倒的に違います。ドイツに限ったことではなく、先日ルービンシュタイン国際ピアノコンクールのガラコンサートに出演時に訪れたイスラエルでも、同じことを感じました。日本と違い、性別や年齢を問わず会えばすぐにハグをしたり、腹を割って話したりするような距離感ですね。

それが自分と作品の距離感にもつながっている感覚があります。私はアジア人であるため、クラシックを演奏していても「これは西洋の音楽だから」と自分の中で無意識に境界線を引いている部分があったのですが、今では語学を学んだことでリズムや旋律の感覚が掴めるようになってきたなと思います。

あと、ベルリンに来てから現代作品との距離がとても縮まりました。それまではあまり興味が持てず取り組む機会も少なかったのですが、例えばベルリン・フィルのプログラムにも委嘱作品が多く組まれていますし、むしろベートーヴェンのような馴染みのある作品が一切ない演奏会もあるくらいで、現代音楽に触れる機会が増えたんです。すると「これはいい曲だな」とか、「これはあまり好きではないかも」と感じることも増えてきました。

どのような作品を「好き」「いいな」と思うのでしょうか?

私自身がオーケストラの現代作品を聴く機会が多いということもあるかも知れませんが、音の洪水のような、ただ分厚い響きであるだけでなく、糸と糸が絡むように繊細に作られている作品が好きです。うまく言葉の選ばれているような、細い線や少ない音でも何かが伝わってくるような音楽です。

エモーショナルなだけでは演奏できないシューマンの難しさ

ドイツは古典派やロマン派などをはじめ、たくさんの作曲家を生んだ国でもあります。

そうですね。いわゆるドイツものの作品は、きちんと構築されているように見えて、一種の危うさがあるなと思います。これは、私自身のドイツ人へのイメージにも近いです。

ドイツ人は、ルールや時間も守る理性的なタイプだ、と思われる方が多いかと思うんですが、やはりその根っこには激しいものを持っているなと思うんです。日本人の場合、トラブルが起きそうになっても平和的にコミュニケーションをとり、あまり自分の中に踏み込ませない方が多いかと思います。

しかしドイツでは、言いたいことや感情的な意見、時には苛烈なものを強く持っている人が多いなと。度を越すと、人間関係が壊れてしまったり、何か悲しいことが起きてしまったりするかも知れない。そういう意味では、古典派の作品も、建築物のようにしっかり構築されているように見えて、その根っこには作曲家自身が激しいものを持っていたのではないかなと思います。

今回桑原さんが取り組むシューマンも、ある種の危うさやもろさを孕んでいる人間なのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

そうですね。シューマンの難しいところは、そのエモーショナルな部分をただぶつけるだけではうまく演奏できない点です。

それに加えてシューマンの音楽は、感情的に揺れ動くことも多く、特別な繊細さがあるなと思います。とても透き通って美しい水だけど、海の水深はすごく深くて、もはや真っ暗で底が見えないような、ある種の恐ろしさや得体の見えなさがあって、少し事故が起きれば飲み込まれてしまいそうだなと。ものすごくピュアなのに、恐ろしい。二面性の境目がわからなくて恐ろしいからこそ、美しい。そこがシューマンの魅力なのだと思います。

無限の可能性があるピアノ協奏曲

今回は3曲ものピアノ協奏曲を聴ける公演です。桑原さんの思うピアノ協奏曲の魅力を教えてください。

私はオーケストラがとても好きで、憧れも強くあります。一方でピアノもソロだけで厚みのある響きが出せる楽器。ピアノ協奏曲は、その双方が組み合わさった完成形だと思います。

ピアノ協奏曲では、木管楽器との掛け合いなど、室内楽的な要素がたくさんあります。ただ人数が多いため、弦楽器と管楽器のタイミングがずれて聴こえたり、細かい事故が起きたりしてしまうこともある。結局は協奏曲も人と人のやりとりなんだな、と実感します。

時には本番で管楽器の方が歌い方を変えて、それに応じて私もアプローチを変えることもあったりして、そういう瞬間にコンチェルトならではのライブ感や室内楽的な醍醐味を感じます。

それに、ピアノ協奏曲には作曲家の持っているすべてのテクニックが詰め込まれていることも多いです。そういった意味で、無限の可能性を感じるジャンルですね。

今回共演する阪田知樹さんと谷昂登さんへの印象を教えてください。

阪田さんは高校時代からの先輩で、普段はとても楽しい方なのですが、演奏はクールで いつも本当に素晴らしいです。ヴィルトゥオーゾでありながらナチュラルなので、音楽 がスッと心に響いてくる感覚があります。

谷さんは、まさに私の次の世代を担う年代の方で、演奏を聴いていると「私がこの年齢の頃は、こんなふうには弾けなかったな」と感じますね。フレッシュなエネルギーや、表現力やパワーを持っていらっしゃる印象を受けました。

今回の公演には、今後ピアノを極めていきたい学習者やピアノを愛する方々、桑原さんに憧れている方も多くいらっしゃると思います。来場者にメッセージをお願いします。

シューマンのピアノ協奏曲は、これまでのチャイコフスキーやロシアものを多く弾いてきた私のイメージとは少し違う作品ではないかと思います。今回の機会がなければ、しばらく自分では選ばなかったかも知れません。テクニック的に時間をかけて取り組みたいと思っていた作品でしたが、機会をいただけたということは、今が弾くタイミングだったのだと思います。

コンチェルトが3曲聴ける演奏会は滅多にありません。私も楽しみですし、皆さんに楽しんでいただける演奏会にしたいです。

インタビュアー・文:桒田 萌 Moe Kuwada

▼ コンサート詳細 ▼
特級グランド・コンチェルト

主催:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会/ザ・シンフォニーホール

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