開催レポ:ヤマハ名古屋~稲沢朋華 特級グランプリ受賞記念リサイタル

日程:2026年4月12日(日)
会場:ヤマハグランドピアノサロン名古屋
出演:稲沢朋華(p)
主催:株式会社ヤマハミュージックジャパン
後援:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
第49回ピティナ・ピアノコンペティション 特級グランプリ受賞記念 稲沢朋華ピアノコンサート

日差しに早くも初夏の兆しを感じる4月、ヤマハグランドピアノサロン名古屋にて、2025ピティナ特級グランプリ稲沢朋華さんのコンサートが行われました。ヤマハやベーゼンドルファーのグランドピアノに囲まれつつ演奏を聴く贅沢なコンサートに、今年も多くのお客様が足を運びました。
開始時刻。少し緊張した面持ちの稲沢朋華さんが一礼の後、ピアノに向かいます。

稲沢朋華さん演奏写真
稲沢さんの演奏に耳を傾ける会場
L.v.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番「月光」嬰ハ短調 Op.27-2

和音とアルペジオの有名なメロディが、幻想の世界へと誘います。左手和声がひそやかに、かつ確かな響きで空間を満たし、減衰の中に鳴らされた次の和声がまた存在感を示す。その移ろいの優美さと確実性は、稲沢さんの〈月光〉全体に通底するものでした。
第2楽章はスタッカートを利かせた軽やかさと力強さが光り、第3楽章はスピード感溢れる中にも、粒立ちの美しさやフレーズに気を配った丁寧な演奏が印象的でした。

F.メンデルスゾーン:厳格な変奏曲 Op.54

ベートーヴェンの記念碑建造の資金作りの企画で1841年に作曲された、印象的な主題と続く17の変奏曲とコーダから成る作品。フーガやタランテラ風、エチュード風など、多彩な変奏を稲沢さんの豊かな表現で楽しんでいると、17曲はあっという間でした。コーダは激しく展開した後、祈りを深く捧げるように終わりました。

F.シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

後半のシューベルトは、稲沢さんが「奇跡的な出会いだった」と語り、ピティナ特級セミファイナルでも演奏された思い入れの深い曲です。

第1楽章、朗々とピアノが歌います。問いかけるような高音や陰りのある和声、遠い雷鳴のような低音トリル。音の一つ一つを詳らかに描写するような稲沢さんの演奏で、聴いていた方の脳内には鮮やかな情景が広がったことでしょう。
第2楽章の低くゆっくりとした語りには哀切が漂い、第3楽章の再びの明るさに救われた思いがしました。そして終楽章。スイッチをひねるように即座に場面展開しつつ、次第に曲が深まっていく演奏は、まるで舞台を見ているようで惹きつけられました。

アンコール:N.カプースチン:変奏曲 Op.41

弾けるようなアクセントと、滲み広がるジャジーな和声。稲沢さんの演奏はまさにジャズそのもの。弾いている姿もどことなく楽しそうで、格好良かったです。


終演後に稲沢朋華さんにインタビューさせていただきました。
稲沢朋華さんトーク写真

本日のプログラムについてお聞かせください。

ベートーヴェンに憧れていたシューベルトという繋がりに加え、ヤマハでの褒賞コンサート(大阪、名古屋、東京)ではメンデルスゾーンを含めた関連ある3曲で組んでみました。〈月光〉と〈厳格なる変奏曲〉は初お披露目ですが、このタイミングで勉強でき嬉しいです。
ヤマハのピアノは出したいと思う音が出てくれますし、音が丸いので、特にシューベルトを弾いていて心地良さを感じました。

シューベルト〈ピアノ・ソナタ第21番〉についてお聞かせください。

有吉亮治先生が勧めてくださったのですが、実際に演奏をお聴きした時に感動して決めました。この曲に出会えたことや、聴いてくださるお客様との出会いも含めて、まさにタイミングと運。当たり前なのではなく何か深い意味がある、とシューベルトが言っている気がします。音楽の本質に立ち返れて、精神統一できる作品です。

映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』に登場した手紙を思い出しながらこの曲を演奏すると仰っていたインタビューを拝見しました。

〈21番〉は、生きていることと、いつかは消えてなくなる儚さという、生命における両極の美しさが混在した曲だと感じます。映画を見て、戦争の時代には国に命を捧げることが美しいという考えがあったことを知ってから、生命や死に対する今までの自分の固定概念とは外れた価値観や、人生についてなど色々考えるようになりました。今も本番では手紙を読んでから出ていき、その気持ちのまま弾いています。

楽章ごとの変化など、どのように演奏されていますか。

まず一番には、シューベルトの思いを大切にしたいと思っています。もちろん正確には分からないですが、できるだけ作曲家に寄り添い、自分の思いが溢れすぎないように。コップの水が溢れないギリギリのところで曲を完成させたいのですが、バランスが課題です。
第1楽章は遺書を書きながら自分の人生を振り返るイメージで、「幸せな人生だった」と明るさを見せつつ終わります。第2楽章は改めて死の意味を考え、落ち込むような暗い雰囲気。第3楽章は天国、まるで雲の上にいるような幸せな世界が広がります。ところが第4楽章では、シューベルトが病に侵されたこともあり現実に引き戻されてしまう。死を必死に振り払い、一生懸命に最後まで生きようとするのですが、消耗しきって終わるような印象です。楽章ごとに異なるメッセージや物語があり、何度弾いてもその素晴らしさは感動的で、それが少しでも届くように演奏しています。

アンコールはカプースチンでした。まさにジャズですね。

カプースチンは日本での研究もまだこれからの新しい作曲家です。解釈もまだ自由で定まっていないからこそ、どういう風にするかというのがすごく難しい。「ジャズとクラシックの割合は?」とか、「ジャズの勉強もしないと」とか、手に馴染んで弾くまでが本当に大変です。

支部コンサートや小学校のアウトリーチでは、子供達に向けて湯山昭さんの「お菓子の世界」を演奏され、イラストやクイズなどの演出も大好評でした。

私がまだ幼い頃に、ピアノ教師の母の教室で湯山さんの全曲コンサートが開催されたことがあり、その時からいつかは弾きたいと思っていました。なので今回機会をいただき、子供達のために心躍りつつ選曲しました。
アウトリーチでは、クラシックはハードルが高いのではと不安でしたが、意外とみんな集中して聴いてくれました。私達は生活の中で、どうしても自分の正解ではなく世の中の正解を探してしまいがちですが、音楽はそんなしがらみから一旦離れられる自由な場所だと伝えたかったのです。
曲を演奏してまず考えてもらい、次に「お菓子がテーマなんだけど何だと思う?」と問うと、「じゃがりこ」「アイスクリーム」など子供達が答えます。正解を聞いて「そうか」と相手の意見を受け入れる勉強にもなるし、異なる意見でもその人にとっては正解かもしれないという気付きになるかもしれない。そんなメッセージを伝えたくて、子供達が楽しめるように演奏や工夫をしたのですが、私自身も準備が楽しかったし息抜きになりました。

ソロ活動にデュオ活動、作曲と今後のご活躍も本当に楽しみです。ご自身をセルフプロデュースするとしたら、どのようになるでしょうか。

やりたいことは多いですが、今はまず特級グランプリとしての役割を、次の方のためにも全うしたいと思います。
セルフプロデュースと考えると、どうしても自分を取り繕ってしまいそうなので、それよりも自分の音を聴きに来てくださる方々に、ありのままの自分を届けられるように努力したいし、いつも謙虚で優しい人でいるよう務めたいと思います。

演奏を聴くお客様は年齢や性別、知識量も様々ですが、どのように伝えていきたいですか。

できるかぎりプログラムノートを書くようにしています。何を考えて練習し、どういうメッセージを伝えたいかなどを読んでいただくだけでも、聴こえ方が変わるのかなと思い頑張っています。演奏同様、言葉遣いや言葉のチョイスからも人柄が出ると思うので、そこを意識しつつ、言葉の力も借りながら音楽を届けていきたいです。
子供達には、音を聴いてもやもやしたものがほどけたり、ピアノを続けるモチベーションへ繋げてくれたら嬉しいな。
一期一会やタイミングで私の演奏を聴いてくださった方にとって、何かプラスになればと思いながら弾いています。

6月に地元でコンチェルトを演奏されるのですね。※6月28日 香川県三豊市

前年のピティナ特級ファイナルで南杏佳さんのチャイコフスキーに大号泣するほど感動したので選曲しました。将来はカプースチンのコンチェルトも演奏してみたいです。ドラムとかギターが出てきて、とても格好いいんですよ。

ヤマハグランドピアノサロン名古屋での稲沢朋華さん
ヤマハグランドピアノサロン名古屋にて

ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シューベルト、そしてカプースチンへ。稲沢さんの音楽に向き合う誠実な姿勢と、作品の奥にあるものを丁寧に伝えようとするまなざしが、演奏にも言葉にも表れていました。特級グランプリとして多彩な舞台を重ねながら、これからどのような音楽を聴かせてくださるのか、ますます楽しみです。

(画像は全てヤマハグランドピアノサロン名古屋様より)

レポート:カイネ♪あのん

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