開催レポ:南杏佳ピアノリサイタルピアノホールF(愛知県高浜市)

南杏佳ピアノリサイタル
日程:2024年11月3日(日)
会場:ピアノホールF(愛知県高浜市)
出演:南杏佳
主催:ピティナ岡崎支部
後援:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)

秋の冷たさを風に感じる11月初頭の夕刻。2024年ピティナ特級グランプリに輝いた南杏佳さんの受賞後初となるソロリサイタルが愛知県高浜市の「ピアノホールF」で行われました。住宅地の中の一軒家、スタイリッシュな作りの外観と木材がふんだんに使われた木の香り漂うホール。客席数50の親密な空間で南さんの演奏をスタインウェイD-274で堪能する贅沢な演奏会でした。

■ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI:52

くっきりと明示される主題や陰りを帯びた転調、丁寧に色分けされた強弱。スケールの粒立ちや同音連打の見事さは思わず歓声を上げたくなるほどでした。アーティキュレーションを大切にした南さんの演奏から色んな表情が見えました。

■シューベルト:即興曲 変イ長調 Op.142-2 D935

■シューマン=リスト:献呈 S.566「ミルテの花」Op.25 第1曲

ここからは一曲ずつ、演奏前に南さんの説明が入ります。 シューベルトは朗々と歌い上げるピアノ。「献呈」はシューマンが妻クララへに捧げた、リュッケルトの詩を元に作曲した歌曲で「君は僕の心、喜び、太陽……ととても愛に溢れた作品」との説明が。演奏もロマンティックで抒情的で、特に終盤のアベマリアからの柔らかなラストは美しく、可憐な花がそっと開いたようでした。

■リスト:スペイン狂詩曲

男性的な「フォリア」と女性的な「タホ」という2つの舞曲が超絶技巧で繰り広げられます。轟くような音と耳をそばだてるほどのささやかな音。南さんのダイナミックレンジの大きさにも驚嘆。両舞曲の世界観が次第に融合し華々しく麗しい一曲でした。

■J・コリリアーノ:エチュードファンタジー

米国の作曲家コリリアーノによる5曲から成るエチュード。第1曲は左手だけとは思えない多彩さ。第4曲は南さんが「自然災害」と評したようにひたすら破壊的! アタッカで続く第5曲は「災害後の静、嘆き」。聴く機会も少なく難解な現代曲でしたが、南さんのお話でお客様も集中し聴き入っている様子でした。

■スクリャービン:ピアノソナタ第4番 嬰ヘ長調 Op.30

「靄がかかった夢のような場所から天に昇っていく」という説明どおり、幻想的な世界が繰り広げられました。終盤の躍動感溢れる場面では南さんの洒脱なセンスが光り、スパークが飛び交うような鮮やかを感じました。

■J.S.バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ

バロックとロマンの調べによる変奏が次々と現れ、音の表情もめまぐるしく変化していきます。宗教的な気配漂う前半部分、南さんの重厚な演奏は心の奥底まで見通すような深みと凄みがあり、それゆえ中間部の慈愛はとても大きく感動的でした。再び重厚な終盤を経てたどり着いたラストはまさに長い旅の終わり。示された救いに鳥肌立つ思いでした。

アンコールはアムラン編ティコティコ。「エリーゼのために」も垣間見えたような……。

終演後インタビュー

Q1 グランプリ受賞おめでとうございます。受賞のご感想教えていただけますか?

南さん:今回が5回目のチャレンジでした。自分の中で音楽が定まったと思うタイミングであったことと、ボストン大学院を5月に卒業し自分の評価を知りたかったので、審査員の先生方全員から講評をいただけるピティナ特級に挑戦しました。結果にとらわれすぎずに自分のできることを最大限しようと決めていた夏だったので、それが結果的に良かったのかなと思っています。

Q2 グランプリ受賞後に生活は変わりましたか?

南さん:もう一変しました。留学先のボストンで毎日音楽を突き詰め、日本に一時帰国したら友人と会ったり旅行や休養という生活が真逆になりました。ありがたいことに公演が立て続けにあり忙しい日々を送っています。毎回違う会場やピアノ、お客様と出会えて色んな経験ができるのは、緊張もありますが音楽家にとってすごく幸せなこと。感謝しています。

Q3 先生方の教えの大きさを話されていましたね。

南さん:先生方や友人達、周囲の方の協力がなければ、今回の受賞もなかったと思います。ピティナの時期は米国にいる先生に直接レッスンしていただくのが困難だったので、田村響先生にお願いしました。友人にも毎日のように録音を送り「どう思う?どう聞こえてる?」とコメントをもらったりと、私一人の力では絶対になしえなかったことなので周りに感謝です。

Q4 今日が受賞後初めてのソロリサイタルでした。プログラムについて教えてください。

1次でカットがあり、エチュードファンタジーは2次で第3~5曲のみと全部弾けなかったのが心残りで、もう一度全曲をという思いで今回入れました。他は留学中に勉強した作品です。 前半は調性が同じまたは近親調で好きな流れです。シャコンヌは絶対最後と決め、その前にお客様を一度不思議な世界にお連れしようと選びました。スクリャービンは5月頃から取り組み、一時中断しましたが先週くらいからまた研究している曲です。 曲間のトークは、同時に次の曲のことを考える等普段と脳の違う部分を使うので、自分の中でこれだけは言いたいということを考えてお話しするようにしています。今日もお客様がうなずいてくださっているのが見えて、嬉しく思いました。

Q5 日米のホールの違いについても話されていましたが、それに応じて南さん自身の演奏も変わりましたか?

南さん:日本では「ピアノ・ピアニッシモの引き出しを作るように」と教えていただいていたので自分としても無理や負担がなかったのですが、コンクールの講評で「もう少しフォルテ、フォルテシモを増やせればいいね」と書かれることもありました。米国で演奏するようになると、現地のホールはすごくドライなので、体も手も小柄な方の私が鳴らすためにと、今の米国の先生がフォルテ、フォルテシモの引き出しを沢山作ってくださいました。今回帰国して日本の先生に見てもらった時に音の大きさを初めて指摘され、嬉しく感じました(笑)。 今日も会場は大きくはないですが、大ホールと同じくらい残響や響きがありますね。お客様はちょっと(音の大きさに)驚かれたかもしれないですが。すごくいいホールだと感じました。

Q6 曲はどういう風に仕上げていますか?

南さん:以前は最初の譜読み段階で既に音楽を作っていたのですが、自分の感情や先入観が演奏に入ることも。その後フォームや歴史的背景、作曲家の性格、作曲時期など様々な情報を吸収することで音楽の捉え方が変化しました。最近はそれらの知識を元に自分のアイデアを後から入れていくスタイルです。映える演奏より裏付けがある演奏を。ソアレス先生は、私が最初に感じた音楽を絶対に崩さないようにして、その理由付けができるようにと指導してくださるので、音楽づくりに活きていると感じます。

Q7 インタビューなど拝見しても、ご自分の意見をはっきり持っていらしてお話もお上手ですね。

南さん:子供の頃はうまく話せなかったのですが4歳でボストンに来て、アメリカではどんなに幼くても自分で意見を発しないと存在価値として認めてもらえないというのを経験し、その頃から止められなければずっとしゃべり続けているくらい話すようになりました。

Q8 音楽に人間性が表れると仰っていましたね。

南さん:好きなポップスアーティストの「人を泣かせるにはあなたは千度泣かなくてはいけない」という言葉が心に残っています。音楽家は歴史的な作曲家達が残した譜面から全てを読み取り、自分の解釈で演奏しお客様に伝えるのが仕事ですが、そこには根拠が必要です。演奏には演奏者の人柄や人生経験が出ると思うので、言動も含め自分の生き方においても嘘はつきたくないですし、真っすぐ正直でありたいです。

Q9 今後どういう音楽家になっていきたいですか?

南さん:これからも皆様に演奏を届けることができれば幸せです。将来的には子供達に教えることも興味がありますし、ずっと音楽を続けていきたいという思いが強いです。 私は子供の頃から新しい楽譜を初見で弾くことが好きで、今も新曲に出会うのがとても嬉しいです。現代音楽にも興味があるので、ここ2,3年の目標としては全体的にできるだけ多くのレパートリーを増やしていきたいです。

(文・写真/カイネ♪あのん)

《特級入賞者今後の公演♪》

ピティナ ピアノコンペティション特級ガラコンサート
日程:2025年2月11日(火・祝)
会場:J:COM浦安音楽ホール
出演:大山桃暖(p)、塩﨑基央(p)、山本悠流(p)、南杏佳(p)
主催:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
共催:J:COM浦安音楽ホール
【広告】