開催レポ:すばるホール2023特級褒賞公演 鈴木愛美&神原雅治ピアノ・リサイタル

2023ピティナ・ピアノコンペティション特級褒賞公演 鈴木愛美&神原雅治ピアノ・リサイタル
開催日程:2024年1月21日(日)
会場:すばるホール(大阪・富田林市)
主催:公益財団法人富田林市文化振興事業団
後援:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
協力:ピティナ富田林すばるステーション

富田林市の閑静な住宅街にある〈すばるホール〉。堂々とした外観の建物に足を踏み入れると、ポップな現代アートの壁画が入館者を出迎えてくれ、一気に心が和みます。このホールで2024年1月21日、冬の肌寒さを吹き飛ばすようなホットなコンサートが開催されました。2023ピティナ特級入賞者の鈴木愛美さん、神原雅治さんによるピアノ・リサイタルです。

玄関ホールの壁画とスタインウェイD-274

まずオープニングコンサートとして、地元の若いピアニストの皆さんがソロと連弾の演奏を披露しました。緊張の面持ちでピアノに向かう皆さんもいざ音楽が始まると音楽に集中、それぞれの曲の世界がカラフルに会場に広がって行きました。演奏後にぱあっと弾けた皆さんの笑顔も素敵でした。

休憩を挟み、いよいよお二人のリサイタルです。

神原雅治さん
  • シューマン:アラベスク ハ長調 Op.18
  • ベートーヴェン:15の変奏曲とフーガ 変ホ長調 「エロイカ変奏曲」 Op. 35
  • ブラームス:4つの小品 Op.119

神原さんのシューマンの演奏が始まると空気が一変。気品ある繊細な音色が会場に衝撃を与えた瞬間でした。流れるようなメロディと、存在感を示しながら支えるベースライン。まるで夢の世界に誘われるように、神原さんのシューマンの世界が繰り広げられて行きます。ラストは一輪の花が静かに花開き、未来への希望が示されたような感覚に包まれました。
ここで一旦神原さんがマイクを握りご挨拶、岐阜県出身であることやすばるホールの思い出などを語りました。

続くベートーヴェンはその迫力に圧倒されました。オーケストラの響きを思わせるダイナミックレンジと多彩な表現。「エロイカ」のフレーズを主題にした変奏が次々と現れ、神原さんは変奏曲の塔を旅するRPGの戦士のように力強くグイグイと長大な曲を引っ張って行きます。会場はまるでパーティーの一員になったように、高みを一歩一歩突き進む神原さんを見守り、その演奏に興奮しました。

ブラームスOp.119で再び情緒的な世界が戻ってきました。奏でられる一音一音は微かな中にも重要な響きを感じさせます。それが何なのかと耳をそばだてて聴く私達に、神原さんは静かに熱心に物語ります。次第に立ち上ってくる祈りのような優しい感情。第4曲で今まで覆われていたヴェールがついに取り除かれ、彼方で輝いていた光が崇高な愛の形となって現れたことに気づいた時は鳥肌が立つ思いでした。

鈴木愛美さん
  • ハイドン:ソナタ 第13番 ト長調 Hob.XVI:6
  • シューベルト:楽興の時 D 780 Op.94
  • ゴドフスキー:シューベルトの「楽興の時」のトランスクリプション

ハイドンは鈴木さんがピティナのセミファイナルで演奏した一曲。リズミカルな音の運びや鈴を鳴らすような装飾音が心地よく、目が醒めるような清涼感が溢れていました。しかしそれ以上に感じたのは歌が聴こえるということ。曲後のマイクで「セミファイナル前にイタリアでこの曲のレッスンを受けたのですが、その時に『音楽は歌だ』と教えていただき、そこから演奏が変化しました」と仰っていた通り、鈴木さんの奏でる歌がずっと流れていました。

「少ない音数で世界を構築しなければいけない難しい曲」と話されたシューベルトの〈楽興の時〉は、鈴木さんの曲作りへの思いが伝わってくるような演奏でした。目の間に広がる穏やかで静かな海に安らいでいると、ふと哀切の思い出がよぎり胸を激しく抉られる第2番。有名な第3番では、軽快なメロディと正確に刻む左手の伴奏に心弾みます。その後も無窮動的メロディや民族舞曲を思わせる激情、ラプソディのような叙情性と、多彩な場面が繰り広げられます。貫かれているのは、優しく密やかに、それでも確かな力強さ。奏でられる音に滲む誠実さに、聴く方の心に次第に信頼感が湧き上がってきます。じっと聴き入る客席と鈴木さんとの間には、絆のリボンが繋がっていくような気がしました。

ラストのゴドフスキーは鈴木さんのエンターテイメント性が溢れた一曲です。シューベルトの〈楽興の時〉第3番のメロディが、今度は不協和音や複雑なリズムを駆使した全く別の曲に。ジャズピアノを思わせる、格好良さ全開の演奏に大きな拍手が湧きました。


終演後に神原さん、鈴木さんにそれぞれインタビューさせていただきました(敬称略)。

神原雅治さん

すばるホールの印象はいかがでしょうか。

こちらのレストランで以前コンサートをしたことがあり、ホールでは譜めくりで参加したことがあります。今回はホールで演奏を披露することができ光栄でした。

各地での褒賞コンサートもいくつか経験されていますね。

多くの機会をいただき、様々なお客様に聴いていただけるので、とても嬉しく感じています。前回の熊本では小さな子供が多かったので楽しんでいただけるように〈子犬のワルツ〉など、みんなが知っている気軽な曲を選びました。今回はリサイタル形式ということで、じっくりと聴いていただけるような選曲をしました。

今日のプログラムについてお聞かせください。

今回はドイツ音楽でプログラムを組みました。僕自身がドイツに留学をしたほどドイツ音楽が好きだからというのが選んだ理由です。会場の雰囲気も素晴らしく、じっくり聴いていただけたと思います。シューマン、ベートーヴェン、ブラームスのそれぞれの世界を通し、ドイツ音楽の素晴らしさを会場の皆さんにも伝えることができたのなら嬉しく思います。

鈴木愛美さん

地元のすばるホールでの演奏はいかがでしたか。

昔から何度も通い、出演したことのあるホールでの演奏会だったので楽しかったです。お世話になってきた先生方や、地元の友人など見知った方も多くきていただき、緊張はありましたがとてもありがたかったです。

褒賞コンサートが続きますが、どのように感じてますか。

今までこんなにコンサートの機会が続いたことがなかったので、大変充実した機会をいただけて感謝しています。

本日のプログラムについてお聞かせください。

ハイドンはピティナのセミファイナルでも演奏した曲です。メインとして「楽興の時」を選んだのは、シューベルトが好きだからです。褒賞コンサートでは、他にも「幻想」や即興曲もプログラムに入れて演奏していますが、シューベルトが好きでもっと勉強したかったので、コンクール後から「楽興の時」を練習し取り組んでいます。

演奏する中で心がけていることはありますか。

私が一番大切に思っているのは、曲と真剣に向き合い取り組むということです。一曲一曲心を込めて真摯に楽譜を読み、学び、練習し、その曲の素晴らしさを聴いていただく方に届けられるようになりたい。そのことを忘れずに、これからも努力していこうと思います。

素晴らしい演奏を聴かせてくださった神原さん、鈴木さん

互いに「ピアノがとても上手」と褒め合いつつ、リラックスした和やかな雰囲気で笑顔を交わしていた鈴木さんと神原さん。素晴らしい演奏を披露したお2人は、小さなピアニスト達の憧れの存在なのでしょう。多くの皆さんがお2人を囲み、写真撮影など交流されていました。皆さんの音楽への思いと、見守る先生方やご父兄、すばるホールの方のサポートと温かい眼差しが感じられたコンサートでした。

レポート:カイネ♪あのん

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