開催レポ:ベーゼンドルファー東京~特級グランプリ褒賞リサイタル
会場:ベーゼンドルファー東京ショールーム
出演:鈴木愛美(p)
主催:ベーゼンドルファー・ジャパン
後援:一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
写真撮影:山平昌子
急に冷え込んだ1月半ば。もう一度鈴木さんのシューベルトが聴きたくて、中野坂上駅からすぐのベーゼンドルファー東京に向かいました。木を基調とした重厚な空間に、高貴で優雅な生き物のように、たくさんのピアノが弾き手を待っています。
開場を迎えると、物静かで熱心な佇まいのお客さまたちが、前方から客席を埋めていきました。
楽興の時 D 780 Op.94は、ちょうど一ヶ月前にスタインウェイ&サンズ東京で鈴木さんが演奏された曲。前回、探求の道のりを共有してもらったように感じられた演奏が、1ヶ月経ってどんな変化を遂げたのかに興味がありました。
目を閉じて演奏を始めた鈴木さん。曲の構成や各声部のバランスがすっきりと整理されたように感じられます。会場やピアノの響きの違いを受けた影響もあるのでしょうが、短い期間にこんなに演奏が変化するものかと驚きました。
そして今日の演奏で際立っていると感じられたのは、弱音の響き。これ以上小さくはできない、と感じる弱音の限界を、次の一音がわずかに塗り替えていきます。自分の呼吸音が邪魔に感じるほどに集中してその微差な色合いの変化に耳を凝らすうち、階段を降りるように深く、音楽に引き込まれていきました。軽やかなメロディーが繰り返される、有名な第3番さえ、剽軽さの裏に垣間見える哀しみの方が際立つようです。私は「楽興の時」に、気軽な小品集というイメージを持っていましたが、日常の雑事や人間関係の悩み、その中にまれに垣間見える喜びなど、生身の人間の生活や感情を、可能な限り忠実に、ありのままに描写しようとした音楽のように感じました。
休憩後のシューベルト「ピアノソナタ第18番 ト長調 D.894 『幻想』」は、鈴木さんが昨年のセミファイナルでの演奏された曲です。特級のステージでの演奏と比べると、身体の一部のようになじみ、よりリラックスした自然な演奏のように感じました。ふわりと舞う羽のような、柔らかな導入。音の中に含まれる無数の音色のグラデーションが、怖いような集中力で展開されていきます。私もわずかな変化も聴き落とすまい、と食らいつくような気持ちで耳を澄ませました。そう思うと、他のお客さまの背中も穏やかに演奏を楽しむというよりも、ぐっと前のめりに演奏に対峙するような気迫が感じられます。
突如もたらされる絶望的な和音。それまでの天国的な響きの彩りが、より一層その衝撃を際立たせるようです。再び穏やかに歩みを進めるような第2楽章。その再現部には、一瞬会場の灯りが明るくなったのかと錯覚するほどの、なつかしさと温かさを感じました。第3楽章は陽気でエネルギッシュなメヌエット。足を踏み鳴らすようなフレーズの執拗な繰り返しが次第に不安さえ感じさせる頃、可憐でひそやかなメロディーが休息をもたらします。
やがて踊る足音が遠ざかって行くように、ソナタは幕を閉じました。
あまりにも微細な音色の変化を追求するような2時間に、私は心地のよい疲れを感じていました。鈴木さんの深く楽曲に入り込む力に誘われて、普段到達できない深さまで自分の内面に潜り込んだような感覚です。外からの刺激に応えることに注意を向けがちな毎日の中では、ある種瞑想のような時間にも感じられました。一般に「癒し」という言葉から連想するふわっとしたイメージとは異なる、こうした深く本質的な「癒し」も音楽がもたらすことのできる力なのかも知れません。
高まった熱をクールダウンするように、アンコールはゴドフスキーによる「シューベルトの「楽興の時」のトランスクリプション」。鈴木さんから曲紹介が行われました。もう一曲は、シューベルトの「即興曲集 第2番 D 899 Op.90-2 変ホ長調」。
会場は満足げな拍手に包まれ、コンサートが終わってからも幾人ものお客さんが、鈴木さんと言葉を交わしていました。
2024年2月24日には、鈴木さんを含むファイナリスト4人によるオールブラームスのプログラム「一輪の薔薇が咲いて」が、J:COM浦安音楽ホールコンサートホールにて開催予定です。さらに成長と進化を遂げたファイナリスト達の競演を、ぜひ現地で味わってください。
レポート◎山平昌子