開催レポ:「かてぃんピアノ」がアルパーク(広島)にやってきた!

企画期間:2023年11月13日~11月24日
設置場所:アルパーク西棟1階センターコート
主催:ひろしま国際平和文化祭実行委員会

11月13日(月)、広島市西区にあるショッピングモール「アルパーク」に「かてぃんピアノ」がストリートピアノとして設置されました。「Cateen(かてぃん)」とは若手実力派ピアニストの角野隼斗さんが、主にYouTube活動で使っているニックネーム。角野さんが昨年の全国ツアー“Reimagine”で使った貴重なアップライトピアノが広島にやってくるということで、たくさんの方が特別なピアノにふれるためにアルパークへ足を運びました。

13日にはエリザベト音楽大学学生によるオープニングコンサート、18日(土)と19日(日)にはピティナ広島中央支部生徒やピアニストの大井駿さんによる「かてぃんピアノdeコンサート」も開催。多いときでは100人前後の方が演奏を聴きに集まり、癒しのひとときを過ごしました。「角野隼斗 UPRIGHT PIANO PROJECT ~Piano for Myself~」の一環としてやってきたかてぃんピアノは、24日(金)までの12日間アルパーク西棟1階のセンターコートに設置されたあと、次の開催地へと向かいました。

「角野隼斗 UPRIGHT PIANO PROJECT ~Piano for Myself~」とは

東京大学大学院で情報工学について学びながら、2018年のピティナ・ピアノコンペティション特級部門でグランプリを受賞した角野隼斗さん。異色の経歴を持つピアニストとして知られています。これまでにポーランド国立放送交響楽団やNHK交響楽団など国内外のオーケストラと数多く共演し、NHKの「クラシックTV」やテレビ朝日の「題名のない音楽」、テレビ東京の「東急ジルベスターコンサート」などのテレビ番組にも出演。ほかにも「Cateen(かてぃん)」名義で活動するYouTubeチャンネルでは登録者が125万人を超えるなど、さまざまなジャンルで活躍されています。

約3万人を動員した2023年の全国ツアー“Reimagine”では「300年前の作品と現代の作品を並列に捉えることでクラシック音楽を生きた音楽として“再構築“する」というコンセプトのもと、ユニークな仕掛けを展開。なかでも印象的なのはグランドピアノとアップライトピアノ両方をすべての公演で使用した点です。アップライトピアノは屋根と上前板を取り払って内部が見える状態で舞台上に設置し、ハンマーと弦の間にフェルト布を挟むことで、独特の優しい音色を表現しました。

このときの特別なアップライトが、現在「角野隼斗 UPRIGHT PIANO PROJECT ~Piano for Myself~」として、なんと無料で全国に貸し出されています。東京、富山、福井、長野、山梨、広島、山口、……全国津々浦々を旅するかてぃんピアノ。音楽のすばらしさに出会うきっかけとして、かてぃんピアノが全国各地を巡りたくさんの人に心癒される優しい音色を届けています。

ハンマーで叩く部分がフェルト布で覆われているかてぃんピアノ
こちらは私の家のアップライトピアノ。叩く部分をフェルトが覆っていません
かてぃんピアノ deコンサート
会場の様子

ここからは会場の様子をお伝えしたいと思います。「かてぃんピアノ deコンサート」が開催された18日(土)、私もアルパークにお邪魔して実際にかてぃんピアノの音色を聴いてきました!

ひろしま国際平和文化祭実行委員会とピティナ広島中央支部が共同主催するかてぃんピアノ deコンサート。「ひろしまストリートピアノ~音楽と平和への思いがあふれるまちづくり~」の一環でもあります。

この日は午前中がピティナ広島中央支部の生徒さんによる演奏会、午後がピアニスト大井駿さんによる演奏会という二部構成。11時スタートだったのにもかかわらず、私が到着した10時ごろにはすでにチラホラと人が集まっていました。かてぃんピアノで「戦場のメリークリスマス」を演奏する方や、クリスマスツリーに平和のメッセージを書いて飾る子どもたち。皆さま思い思いに過ごされていました。

「ひろしまストリートピアノ~音楽と平和への思いがあふれるまちづくり~」の一環で設置されたクリスマスツリー
平和を祈るメッセージ
コンサート開始前、ストリートピアノに挑戦されている方
ピティナ広島中央支部生徒による演奏会

この日、かてぃんピアノ deコンサートに参加するために集まったのは、小学生から大人までのさまざまな年代の方13名です。ブルグミュラーやベートーヴェン、YOASOBIの「怪物」や、ルパン三世のテーマなどそれぞれの弾きたい曲を熱演してくださいました。独奏や連弾に加えてヴァイオリンとのアンサンブルも!お買い物中の多くの方が足を止めて音楽に耳を傾けていました。

たくさんの方が足をとめて聴いていました
記念撮影

コンサート後にはかてぃんピアノを囲んで記念撮影も。みなさんとってもうれしそうです。記念撮影のあと、参加者の方に少しお話を聞かせていただきました。

兄妹で「ルパン三世のテーマ」を連弾された灘立葵さんと灘恵茉さん
灘さんご兄妹の演奏

黒い衣装で統一されていた灘さんご兄妹。お兄さんの立葵さんの着ているシャツには「絶対にピアノが上手くなるTシャツ」というプリントが!意気込みがしっかりと伝わってきます。ノリノリの演奏に会場も盛り上がり、私もドキドキしながら楽しく聴かせていただきました。妹の恵茉さんはもう1曲、ソナチネヘ長調Op.168-1第一楽章も披露されました。

普段のレッスンではどんなことを気にかけてますか?

常に本番を意識して弾いています。

強弱をつけるところに気をつけて弾いています。

今日は弾いてみてどうでしたか?

かてぃんピアノは少し音がこもっているようなやわらかい音がしました。怪盗みたいにかっこいい表現を心がけました。

ピアノの内部が見えたのがよかったです。気持ちよく弾けました。

親子で連弾を楽しまれた中川采音さんと中川麻里子さん
中川さん親子の演奏

中川さん親子が演奏されたのは、ネーフェの「カンツォネッタ」とブルグミュラーの「バラード」の2曲。「カンツォネッタ」の明るいメロディが、かてぃんピアノで奏でられるととても美しく繊細に聴こえてうっとりしてしまいました。「バラード」は連弾で聴くのは初めてでしたが、こちらも息の合った演奏でした。

普段のレッスンではどんなことを気にかけてますか?

鍵盤を叩かないようにそっと丁寧に弾くことを心がけています。

今日は弾いてみてどうでしたか?

家のピアノとはちょっと違う優しい音がしました。

娘といつまでも一緒に演奏できるわけではないので、小さい娘と昔からよく来ているアルパークで演奏できたのが、とてもうれしかったです。

かてぃんピアノの音色に包まれてリラックスして演奏

「みなさん思ったよりリラックスして弾けていたように思います。よかったです。」そうおっしゃるのは、ピティナ広島中央支部の村井文先生。私も会場で聴かせていただいて、ホールでの演奏とは一味違うアットホームな雰囲気を感じました。聴き手と演奏者の距離が近いストリートピアノならではの空気感。応援する気持ちが演奏者に伝わり、聴き手も一緒になって音楽を作り上げているような、あたたかいひとときを過ごさせていただきました。

参加者が書いた角野隼斗さんへのメッセージは、翌日の参加者のものとあわせて色紙に貼り、角野さんに送るのだそうです。枠内にびっしりと書かれたメッセージからは角野さんへの思いが伝わってきました。

角野隼斗さんへのメッセージ
ピアニスト大井 駿さんによる演奏会

お昼を挟み、午後1時からは「ひろしまストリートピアノ スペシャルコンサート」と題して大井駿さんによる演奏会が開催されました。ピアノだけでなく指揮、古楽の分野でもマルチに活躍される大井さん。さまざまな分野を横断する稀有な若手音楽家として注目を集めています。

2022年にはひろしま国際平和文化祭実行委員会が主催する第1回次世代指揮者コンクールで第1位を受賞され、指揮者・ソリストとして国内外の多くのオーケストラと共演。かてぃんピアノ deコンサートの一週間前にも広島交響楽団と共演しエネルギッシュで情熱的な指揮を披露されたばかりでした。

大井さんの演奏
<Program>
・前奏曲「鐘」/ラフマニノフ
・前奏曲第1番/ガーシュウィン
・月の光/ドビュッシー
・バラード第4番/ショパン

こちらが18日に演奏された曲です。演奏がスタートすると午前中とはまた違った雰囲気に。初めの曲「鐘」の厳かな音色が響いた途端に会場が静けさに包まれ、そこがショッピングモールであることを忘れるような感覚に陥ったのをはっきり覚えています。小粋なガーシュウィンにロマンティックなドビュッシー、情熱的なショパン……、異なる曲想の4曲に引き込まれ、あっという間に時間が過ぎていきました。

大井さんの軽快なトークを挟みつつ和やかに進んでいくコンサート。ドビュッシーがショパンを尊敬していたという話や、はじめてバラードをつくったのがショパンだったという話にも、会場の皆さんは真剣に耳を傾けていました。

曲の合間に行われた曲の解説も興味深かったです

コンサート終了後には、大井さんのもとにたくさんの方が集まり長い列が。一人ひとりに心を配りにこやかにお話しされている大井さんの様子からは、お人柄がうかがわれるようでした。大井さんにインタビューをさせていただいたので、その内容を最後に紹介します。

大井駿さんへのインタビュー

ストリートピアノを弾かれるのは今回が初めてと聞きました。いかがでしたか?

普段は演奏会に来ていただく側なので、いつもとは違って、皆さんがいる場所に赴いて演奏するっていうのがとても新鮮でした。絵なんかでも家にちょこっとかかってたり広場にオブジェがあるだけで生活に彩りが生まれますよね。それと同じで、こういう場に音楽があるのは素敵だなって、弾く立場になってあらためて感じました。

角野隼斗さんは「アップライトピアノの音は、まるで狭い部屋の隅で一人で会話しているような、特別な気持ちになります。」とおっしゃっています。大井さんはどのように感じられたのでしょうか?

角野さんもおっしゃっているように、アップライトピアノは自分と音楽との対話に適している楽器だと思うし、やっぱりちょっとこじんまりしている分、音楽の内面的な部分が出やすいように思います。オープンな明るい色っていうよりは、ちょっと暗めで内省的な色。しかし、白黒の世界で例えたとしても、白と黒にも中間のグレーがありますし、白寄りのグレーとか黒寄りのグレーだったり、眩しいほどの白や、光を吸い込むような黒だってあります。むしろ、音楽においては、そちらの方がわかりやすい場合だってある。そういう音色をつくりやすいのがアップライトピアノの魅力だと感じます。

グランドピアノの方が上だというように思われがちなんですが、アップライトピアノの中でもグランドピアノを超える良いピアノっていうのは、実はいっぱいあるんです。例えばショパンもブラームスもグランドピアノであることにこだわらず、アップライトピアノを好んで演奏していたという話もあります。

今日演奏するのはスタインウェイのすばらしいアップライトピアノ。だからこそ大きい音で人の耳を傾けさせるっていうよりは、少し音を抑えて、ピアノ本来の音のきれいさを保つことで皆さんの生活に溶け込みつつ、皆さんに「あれ?ピアノの音がするけど何だろう」という耳の傾け方をしてもらえたらうれしいなと思って弾きました。

今回のコンサートは「ひろしまストリートピアノ~音楽と平和への思いがあふれるまちづくり~」の一環として開催されました。音楽と平和について何か特別な思いはありますか?

広島交響楽団の音楽総監督の下野先生もおっしゃっていたんですが、やっぱり平和がないと音楽はできない。僕はそれに強く共感します。

これは広島という場だからこそお話しするんですが、ヴィルヘルム・ケンプというドイツのピアニストが1954年に幟町にある世界平和記念聖堂で演奏しています。教会の中にとても立派なパイプオルガンがあって、それのこけら落としのために世界的ピアニストとして知られていたヴィルヘルム・ケンプがやってきたんです。

そのときの録音を聴くと、最後にヴィルヘルム・ケンプのスピーチも入っていて。実はドイツ語では「オルガン」と「臓器」は“Organ”という全く同じつづりなんですね。オルガンっていうのはパイプや弁、鍵盤などがまるで臓器のように合わさって成り立っている楽器。そのオルガンの調和と、広島、そして平和について話しているんです。

広島っていう場所は世界の中でも特別な場所だから、ここから音楽を発信することに大きな意味がある。彼はそう訴えています、今から70年前に。僕はそのスピーチを何度も繰り返し聞いているんですが本当に素晴らしい。やっぱり広島っていうのはいろんな意味で特別な場所だと感じています。

最後に今日参加された方や、これからストリートピアノに挑戦してみたいと考えている方に、メッセージをいただけますか?

ストリートピアノってコンサートとは違って、やっぱり聴く方も、いつものコンサートよりは少し気楽な気持ちで聞いていただけると思うんです。なので、肩の力を抜いて、間違えるとかそんなこと全く気にしないで、とにかく楽しく弾いていただきたいなと思います。

にこやかにかてぃんピアノに手を添える大井さん
おわりに

「角野隼斗 UPRIGHT PIANO PROJECT ~Piano for Myself~」の一環として広島にやってきたスタインウェイの特別なアップライトピアノ。コンサート開催時以外にはストリートピアノとして、1時間に10人程度の方が弾かれていたのだそうです。私が伺った日には、お買い物中に興味を持ってくださった方もたくさんいたように感じられました。

かてぃんピアノの音色を通して音楽を愛する者の輪が広がっていく……そんな様子をつい想像してしまった「かてぃんピアノdeコンサート」。角野隼斗さんの世界観が垣間見えたとともに、音楽のすばらしさ、平和の尊さについても改めて考えさせられる素敵な演奏会でした。

文・ライター/山本知恵webnote

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