開催レポ&インタビュー:こども定期演奏会出演!角野 隼斗さん
会場:サントリーホール
出演:川瀬賢太郎(指揮)、角野隼斗(ピアノ)、東京交響楽団
撮影:池上直哉 写真提供:サントリーホール
9月4日(日)東京交響楽団&サントリーホール主催「こども定期演奏会」オーケストラ春夏秋冬―第83回 秋の風景―が開催されました。当公演では2018年ピティナ特級グランプリ・角野隼斗さんが出演。演奏のレポートと特別インタビューをお届けいたします。
角野さんが演奏する1曲目は、ショスタコーヴィチ作曲『ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 作品102 より第3楽章』。演奏前のトークでは、指揮者の川瀬賢太郎さんと司会の坪井アナウンサーより、ショスタコーヴィチが自分の子どものために作曲した愛にあふれた曲で、ピアノのユニゾンが多いこと、またピアノ学習者おなじみの「ハノン」のフレーズが登場することに注目してください、とのお話がありました。
トーク中にピアノが舞台中央へ移動し、角野隼斗さんが登場。
冒頭、どこか音遊びをしているような、ユニゾンのメロディーから音楽は始まります。弦楽器が入り大きく音色が広がったかと思えば、ピアノのユニゾンに合わせてのピッチカートが続く、そんなリズミカルな曲調に、子どもたちも体を揺らして音楽を感じている様子がみられました。そしてトークでも触れられていた、おなじみ<ハノン>パートへ。かなりのアップテンポでしたが、さすがのテクニックで、乱れのない演奏に観客は一気に引き寄せられます。のちのインタビューでは「ハノンとはあまり意識せずに演奏していました」とお話しくださったように、ハノンの音階であってもどこか遊び心を感じる、笑顔での演奏が続き、ラストは木管との速いパッセージでのユニゾンを経て、華やかに演奏を締めくくりました。
演奏後のトークでは角野さんの経歴のお話に。小さい頃から天才キッズピアニストとしてメディアでも注目されながら、その後東京大学へ進学、そして現在はピアニストとしてサントリーホールの舞台に。小さい頃からピアノ同様、数字が大好きだったとのことで、数学と音楽についてのお話では「音は周波数で表現できて…周波数っていうのは…いや、これ難しいですね!」とご自身の研究について、子どもたちへむけてお話されるシーンもありました。
「僕のYouTube見てくれたことがある子はいるかな?」という問いかけには、会場中で多くの小さい手が嬉々としてあがります。現代の子どもたちにとって「YouTube登録100万人」のアーティストの存在はとても大きいようで、「わぁ、本物だ…!」というささやきが会場のあちらこちらから聞こえてきました。
続く2曲目は『ティンカーランド』。飯田有抄さんが執筆された当日のプログラムでは「現代のコンポーザー・ピアニスト」との紹介があった通り、この曲は角野さんの自作曲。オーケストラ版は星出尚志さんの編曲です。
トイピアノと鍵盤ハーモニカという、こどもたちにとって身近な楽器とともに描き出される音楽は、タイトル通りネバーランドのよう。金管楽器とトイピアノ、木管楽器と鍵盤ハーモニカの掛け合いはどこかジャジーで即興的で、コンサートマスター・水谷晃さんとパーカッションとの掛け合いでは、まるでセッションをしているような雰囲気に。曲を通してオーケストラの奏者も楽しそうにリズムを取っていたのが印象的で、指揮・川瀬さんとの笑顔のアイコンタクトが続き、なんと最後には角野さんのカデンツァ(即興)が。大きな盛り上がりとともに演奏を締めくくりました。
子どもたちへ伝えたいメッセージとして「楽しいと思う気持ちに忠実でいること」とお話をされた角野さん。その言葉の通り、最後まで笑顔でのステージに、満席の客席からは、大きな拍手がおくられました。
こども定期演奏会へのご出演、お疲れ様でした!同シリーズ初めての出演となりましたが、いかがでしたか?
子どもたちが客席にいるコンサートは好きなので、出演できてとても嬉しかったです。演奏もトーク中も子どもの素直な反応がダイレクトに返ってくる、楽しい舞台でした。一生懸命聴いてくれてありがとうございました!
角野さん作曲の『ティンカーランド』の演奏では、共演された指揮・川瀬賢太郎さん、コンサートマスターの水谷晃さんとのアイコンタクト、また笑顔でのやり取りが印象的でした。
『ティンカーランド』は僕が今回のプログラムに入れていただくように提案しました。今回のオファーを受けた際、ちょうどオーケストラ編曲版が完成した時期で、子どもたちも楽しんでくれるんじゃないかなと思って。実際、ショスタコーヴィチ演奏後にトイピアノと鍵盤ハーモニカが登場すると、会場が湧きましたね。身近にある楽器ということもあると思いますし、単純に楽器が増えるってワクワクします。演奏間のトークでも「楽しい音楽をすること」についてお話させていただきましたが、曲中はオーケストラとまるでセッションをしているかのような部分もあり、演奏者が全力で音楽を楽しんでいる姿を、子どもたちが見て、何か感じてくれていたら嬉しいです。
子どもたちもリズムにのって、体を揺らしているような姿も見られましたね。
実は「こども定期演奏会」を観られたことがある、とステージでお話されていました。
今回の出演が決まったことを報告したら、母がそう話してくれました。20年前、ちょうど「こども定期」がちょうど始まった頃ですね。僕は6歳で、何を聴いたのかまでは覚えていませんが、子どもの頃のコンサート体験はとても大切だなと思っています。音楽って、ピアノって楽しいんだなと子どもながらに感動しました。それから10年以上経ち、今回こども定期演奏会の舞台に演奏者として立てるとは、なんだか不思議で嬉しい気持ちがします。
子どもの頃に様々なコンサート体験をされていたのですね。今の子どもたちに、どんなコンサートをお勧めしますか?
もし何か楽器を習っているなら、その楽器のプロの演奏会には是非足を運ぶとよいと思います。できれば違う奏者で何人か。同じ楽器でもこんなに音が違う、表現が違うのか、という体験と、プロの演奏家への憧れはこれからその楽器を続けていくうえで必ずモチベーションになると思います。また、様々なジャンルの演奏会にも興味を持っていただきたいです。ピアノならクラシックだけではなくジャズとか。自分の中に様々なジャンルの音楽がストックされていくと、新たな表現が生まれてくると思います。
また、今回のこども定期演奏会のコラム「音楽と踊り」に飯田有抄さんが書かれていましたが、「祭りの中にある音楽」というものを是非体験してほしいですね。野外のコンサートだったり、お祭りの中の音楽だったり。どこか特別で、それでいて日常の風景に溶け込んでいる音楽に出会うことが僕自身好きで、音楽を楽しいと思う原体験にもなるのではないかと思っています。
ショスタコーヴィチの2番では、おなじみの「ハノン」による指運動のフレーズが登場し、コンクールのお話も出ましたが、ちょうどピティナ・ピアノコンペティションは2022年度のシーズンが終わったところです。
次の目標に向かっていこう、と思っている方も多いと思います。
大きな本番が一区切りして、好きな曲を好きなように弾いている時間が僕にとっての至福の時間です。「あぁ、やっぱり音楽が、ピアノが好きだな。」と思いながら自分と向き合うその時間が、全ての活動の原動力となっているように思います。好きな曲を弾きたい、あのコンサートホールで演奏したい、そういう音楽への憧れにも似た感情が子どもの頃も、今も次の舞台へ僕を連れていってくれていますね。
大きな舞台で燃え尽きてしまい、もうやめてしまいたいと思うことはなかったですか。
実は僕は何度もピアノを休んでいるんです。小6の時は中学受験でピアノどころではなかったし、高2以降の大学受験の間はピアノは息抜きに弾く程度でした。
ピアノに限らず、日々の生活の中で「続けられなくなるタイミング」というのは何度も出てくるものだと思います。それは仕方のないこと。大切なのはその場所に戻ってくることができるかどうか、ではないでしょうか。僕はピアノに自然と戻って来られました。だって好きで、楽しいから。辛いこともありましたが、その日々の鍛錬は戻ってくるときの力となりました。何より「やりたい」と思う強い気持ちですね。
コンクールや発表会後というのは、一度ここでピアノに区切りをつける、という方もいらっしゃるタイミングなのかもしれませんが、本当に好きなら、いつかちゃんと戻ってこれるので、きっと大丈夫です。
角野さんはこの1年を振り返るだけでも、様々なチャレンジをされていらっしゃいます。これからの角野さんが「目指したい場所」はどこでしょうか。
先日帰国したばかりですが、最近は海外で活動させてもらうことが多く、一つ一つのチャンスを丁寧に頑張っていきたいなと思っているところです。
初めてフランスに渡ったのはピティナでグランプリを受賞した後。あの時は英語も全然できなかったし、日本人にありがちな感覚かもしれませんが、自分だけアジア人というような場になるとすぐ肩身が狭い気持ちになってしまったように思います。
海外に対する怖さがなくなってきたのは、1年前のショパンコンクールの時からでした。初めて自分から海外の知り合いやミュージシャンたちに声をかけて、フランスやスペインなど様々な場で人と会い、音楽をしてきました。自分の活動にシンパシーを感じてもらえる人と出会えたのは、仲間ができたような気がしてすごく嬉しかったし、それに海外でも自分に興味を持ってもらえるんだということは、自信にもつながりました。もちろん、大きなエネルギーを使うことでしたが、自分の世界が大きく変わったように感じています。それからは肩身が狭いと思っていたのは、まあ英語力の問題はありましたが、自分の気持ちがオープンかどうかの問題だったのだなと気づきました。
世界は広いので、まだまだいろんな刺激や学びがあると思うとワクワクします。そしてまた皆様と、新たな音楽を共有できれば嬉しいです。
角野さん、ありがとうございました!
取材写真=石田宗一郎