特級グランドコンチェルト開催記念インタビュー Vol.3 尾城杏奈✕亀井聖矢 ピアニスト対談
お二人とも、小さい頃からピティナのコンペティションに参加されてからの、特級挑戦でした。特級ファイナルでのコンチェルト演奏への想いはどのようなものでしたか?
私は幼稚園生の頃からほぼ毎年、ソロか連弾でピティナのコンペティションに参加してきました。小学生の時に特級ファイナルでコンチェルトを聴いて、「いつか私も舞台でオーケストラとコンチェルトを演奏したいな」という憧れを持ちました。そんな特級への憧れを持ちつつコンペに参加し、特級を受けられる年になってから5度目の挑戦でようやくグランプリをいただきました。途中、諦めそうになったこともありましたが、「どうしてもファイナルでコンチェルトを弾きたい」という想いが強かったので、セミファイナルを通過してファイナルでコンチェルトが弾けると決まった時には、本当に鳥肌が立ちました。
僕は小学生の頃から、C級からほぼ毎年のように挑戦していました。特級でグランプリをいただく前は、一度も金賞などを受賞したことがありませんでした。特級に参加した時も、周りに有名な方がたくさん参加していたので、「自分もファイナルに行ってオーケストラとコンチェルトが弾けたらいいな」という気持ちで挑戦していました。1次、2次と1ラウンドごとに毎回祈るような気持ちで進み、とうとうファイナルに進めることが決まって、もちろんすごく緊張していましたが、「サントリーホールでコンチェルトを弾ける、一生に一度あるかないかの機会。これは楽しまないともったいない!」という想いで臨みました。
ファイナルの当日は、他の3人は若いのに生き生きと楽しんでいるように見えたのに、一人ですごく緊張して震えてしまい、リラックスするために一度仮眠を取りました。スタッフやオケの皆様、指揮者の方に温かい言葉をかけていただいたおかげで、本番演奏することができました。
ファイナルでは、他の人たちがラフマニノフの3番など大曲を弾く中で、なかなか選ばれることがないサン=サーンスの5番という作品を選んだので、この曲のよさや面白さ、楽しさなどを自分の表現で最大限に伝えたいという一心で演奏をしました。自分がこの曲に対して感じた感動を、たくさんの方に共感していただけた結果かなと思いますし、すごく楽しかった記憶があります。
ピアノ学習はどうしてもソロが中心になりますが、ソロとコンチェルトとを演奏する時の違いってどういう所だと感じますか?
コンチェルトでは、何十人もの方と一緒に演奏するので、自分ばっかりにならず、オケと一緒に音楽を作ることを意識することが、難しいし楽しいですね。大きな舞台の上で、遠くの楽器の音の時差に混乱したこともあります。でも、オーケストラの方々と一つになれたと思えた瞬間は、身体が震えるくらい感動するし、気持ちがいいです。
自分一人で音楽を組み立てていくソロと違って、コンチェルトでは自分ではない要素をたくさん与えてもらって、それに感動しながら自分の演奏にも反映させて…と、相乗効果のような所があり、オケと一緒に弾いている時にしか感じられない高揚感があります。オケとの対話も、初めは自分の技術で何とか対応しようとしていましたが、指揮者やオケ奏者の方々と実際に会話してコミュニケーションを取ることも大切だなと思うようになりました。そこで議論していく時間自体も楽しいです。
ご自身が学ばれてきた道を振り返って、コンチェルトの準備となったなと思い当たること、こうしておけばよかったなと思うことはありますか?
私の場合はコンチェルトを動画や生演奏で聴くのが好きだったので、よく聴きに行っていました。聴くうちに憧れの曲がたくさんでき、「いつかオーケストラとコンチェルトを弾いてみたい」というモチベーションにつながったと思います。ピティナでは小さい頃から連弾や2台ピアノにもほぼ毎年挑戦していたことで、色々な人とアンサンブルをする喜びも感じました。高校に入ってからは、弦や管など色々な楽器とアンサンブルする機会がたくさんあり、それがコンチェルトを演奏する時の勉強になったと思います。コンチェルトの曲も、オケとは共演できなくても、弦楽四重奏とやったり、コンチェルトのマスタークラスに参加したりすることで経験することができました。
僕は高校生での挑戦だったので、コンチェルト自体、特級が初めての経験でした。音源を聴いて、音源に合わせて弾いてみたり、自分で色々な楽器のスコアを読んで学んだりしました。それまでに伴奏やデュオをやった経験から、アンサンブルの呼吸感や、ピアノじゃない弦や管の音の立ち上がりやニュアンスなどの感覚は、ちょっとずつ根付かせていたんだと思います。
コンチェルトもアンサンブルの延長線です。舞台では一見、大雑把に「オーケストラと自分」のように見えるのですが、50人のオケと合わせようと思っても、ここの第一ヴァイオリンと合っているか、ここのフルートの音色と合っているか、というアンサンブルの積み重ねです。弦と合わせる時と管と合わせる時ではピアノの音色は違いますし、楽器の音色を聴いて合わせるという一個一個の繊細で研ぎ澄まされた感覚が必要になってきます。ですから、ヴァイオリンやフルートの伴奏をする、という経験の延長線上にコンチェルトがあると思っています。
5月1日はコンペの真っ只中。ピティナの先輩として、子どもたちへのアドバイスは
やはりピアノだけでなく色々なコンサートに足を運ぶとよいと思います。オーケストラの色々な楽器の音をインプットすることで、「オーケストラのこんな音を鳴らしたい」などと、自分のピアノの「音色のパレット」の色彩も豊かになり、音楽の幅も広がります。コンチェルトを聴いて憧れを持つことで、モチベーションにもなると思います。
色々な作品に触れて耳を鍛えておく、というのは、小さい頃の自分にも、今の自分にもアドバイスしたいことですね。そして、コンクールの結果に一喜一憂しすぎずに、自分の「好き」っていう気持ちを一番大事にして欲しいと思います。コンサートに行ったり色々な音源に触れて、自分がやりたい音楽、やりたい曲、やりたい表現を増やして、自分の想いを高めて欲しい。先生に言われたことをやる、というのではなくて、自分の心で音楽を弾いていって欲しいと思います。
亀井くんは、本当に1日24時間?と思うくらい、すごく色々なことや本番をこなしていますが、一体どのように練習しているのでしょうか?
「集中して何時間頑張る」みたいなことはしません。小さい頃は特にそうだと思うんですが、ある程度、曲の雰囲気が弾けちゃうと、「なんか形になった、嬉しい」と思って、そこから先の練習って結構苦痛になってきちゃいますよね。それで「頑張って2時間やる」みたいなことになってしまうと思うんです。
「今日は何時間練習するのを目標にする」のではなくて、「できていないことは何か」ということを頭の中で認識して、自分の中で一音一音の「解像度」をどんどん高めていく。すると、どんどん細かい所も気になってきて、ここはこうした方がいいかな、こっちの感じがいいかな、と探していくうちに、あっという間に時間が経ってしまいます。たとえそれが10時間になったとしても、自分ができていなかったことができていく過程って楽しくて、苦痛じゃないんです。練習はあくまでも手段で、目的じゃない。自分の中で目的をはっきりとさせていれば、自然と練習するものだと思うし、そこがぼんやりとしているときは、自分の中でもモチベーションが上がらなかったりする、練習の本質ってそういうものだと思います。
すごくいい練習をされていますよね。
尾城さんは、例えば今回のショパンも、僕は第一主題をどう作っていくかすごく苦労した覚えがあるのですが、どういう風にして、自分の理想の歌い方を仕上げていったのですか?誰か特定の人の演奏を聴いて練習するのか、それとも最初から自分で練習して作っていくのか。
私はあまり誰かの演奏を聴いて…というタイプではなく、何度も自分でじっくり、、というのが基本です。自分で録音して客観的に聴いてみたりもします。やはり弾いている感じと、録音して聴いた感じと全然違って、そうやっていくと、全然練習が終わらなくなっちゃうことがあります。
自分で自分にレッスンしていくみたいな。
そういう感じですね。
僕は音源をよく聴くタイプです。楽譜は、作曲家の想いを、これが一番近いかなという記号として書き表したものですよね。それをせっかく色々な人が研究して音に再構築してくれている素晴らしい音源の例がたくさんあるのに、それを聴かずに楽譜だけから自力で読み取るのって、相当な経験値と洗練されたセンスとがないと、なかなか酷なことじゃないかと思うんです。
耳から入ってくる雰囲気に頼り過ぎて、楽譜をよく読み込まないのはよくないですが、耳から入ったものが、楽譜にはこういう風に書かれているとか、楽譜のここはこういう風に時間を使うんだなとか、ちゃんと照合していければよいと思います。ピアノだけじゃなくて何事もそうですが、素晴らしい人の真似から入って、それが自分の中でだんだんと馴染んでいくにつれて、だんだんと自分の個性が出せるようになってくる、自分はそういうタイプだと思います。
本番に向けて練習で意識していることは
緊張するのは誰だって当たり前です。だから、練習の時からその緊張した時の心の状態を意識することが大事だと思っています。緊張感が高まると、ものすごく音に対する「解像度」も高まって、色々な所が繊細に気になってきてしまいます。普段何となく3時間弾く、みたいな練習をしていると、本番はそういう感覚では弾かないので、急に身体が対応できません。普段から集中度を高めて、なるべく「解像度」を上げて練習をしていくことで、本番で緊張した状態になっても、それに自分の身体がついていける。緊張に耐え得る身体を作る練習が重要かなと思います。
私が演奏するショパンのコンチェルト第1番は、ショパンの若い時の作品なのですが、ショパンの内面に潜んでいる男性的な部分や情熱的な部分、そこに対比してとても儚くせつなくなるような第二主題のメロディの美しさが際立ちます。第3楽章のポーランド風のリズムときらびやかなパッセージも聴きどころです。初めて聴く人にも、この曲をよく知っていて大好きな方にも、新しい魅力を伝えられたらなと思います。
ラフマニノフの3番は、ピアノコンチェルトの王道中の王道といった作品です。ラフマニノフ特有のメランコリックな感じに、非常にエモーショナルな和声進行、キャッチーなメロディと、随所にラフマニノフの魅力がつまっています。激しさから解放され、ふと前の旋律が回想されてくる所など、すごく感動するシーンだと思います。細かい所の難しさはありますが、全体の中でのエネルギーの持続、緊張と緩和といったエネルギーの流れを感じてもらえたらと思います。
最後に、ご来場される皆さんへ一言。
ショパン、リスト、ラフマニノフと、全てのピアニストが通る道であろう3人の作曲家のコンチェルトのそれぞれの魅力、3人の演奏家それぞれの個性と色合いを、素晴らしいシンフォニーホールで関西フィルの皆様、指揮の藤岡幸夫先生とお届けできるので、僕も全力で楽しみたいと思います。
素晴らしい演奏家の皆様と作り上げるコンサート、きっと楽しんでいただけると思いますので、ぜひご来場をお待ちしています。