レポ:12/1 東京学芸大学附属大泉小学校(嘉屋翔太pf/動画あり)

東京学芸大学附属大泉小学校
日時:2025年12月1日(月)
会場:音楽室
参加人数:4年生 100名
出演:嘉屋翔太(ピアノ)
探究セントラルアイディア「心が動く作品との出会いが自分を豊かにする」
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12月1日には、東京学芸大学附属大泉小学校にてピアニスト・嘉屋翔太さんによる学校クラスコンサートが開催されました。「音楽」の授業ではなく4年生の「探究」の授業としての初めての取り組みに向け、4年生の担任の先生方と演奏者である嘉屋さんと一緒に話し合いを重ねながら授業案をつくっていきました。

今回の探究は「How we express ourselves~心が動く作品との対話が、自分を豊かにする」をテーマに据え、子どもたちは様々なジャンルの作品を学びながら「自分の心が動く瞬間」「作品との対話とは?」を考えてきました。学校クラスコンサートはそのまとめの段階として、プロのアーティストの生の演奏を聴き、直接「表現者」との対話を通して考えを深める段階にあてられました。

「音楽」って?他の作品との違いは?

嘉屋さんは「これまでどんな作品を見たの?」「それを見てどう感じた?」「他のジャンルの作品と、音楽の違いって何だろう?」と問いかけ、子どもたちの言葉を引き出しながら授業に入りました。子どもたちからは「音楽は他の作品と違って、言葉や目に見えるものがないから、どう捉えるかは聴き手にもっと委ねられていると思う」という意見も聞かれました。

ひとつの形からアイディアをふくらませる面白さ

「音楽ーMusic」の語源にも触れながら、クラシック音楽がある小さな要素を即興的に様々な形に展開させてできてきたことを、モーツァルトの曲を例に示していきました。

「例えば“ソファミレ”と4つの音が1つずつ降りてくる単純な音の形があったとするよ。これをちょっと面白くするにはどうする?例えば、リズムをつけてみる?それだけでちょっと面白くなるね。ちょっとこの音の周りで遊んでみる。うきうきするような伴奏をつけてみる。そうするとこんなに楽しくなって…」と、その音型を用いたモーツァルトの楽曲「ピアノソナタ第6番 KV284 第1楽章」を弾きました。よく聴くと、曲のあちこちに先ほどの“4つの音”から派生したモチーフが散りばめられています。

「ひとつの形から、いくらでもアイディアをふくらませられる、そこにクラシック音楽の面白さがあると思います」と言う嘉屋さん。絵画作品にも言及し、「モネは『海辺の船』という作品で、フランスの白い砂浜を描いたんだけど、モネはその白い砂浜を何色の絵の具で描いたと思う?」と問いかけました。子どもたちからは「白」「青」「オレンジ」「金色」などと様々な答えと理由が挙がりました。「答えは、その全部。モネは白い砂浜を、色とりどりの絵の具で描きました。白い砂浜だから白、という固定観念に縛られなかったんだね。モーツァルトの場合も、”4つ音を並べる”だけで終わっていたら、それは、白い砂浜が白いだけ。ちょっと工夫を加えてあげるだけで、こんなに色とりどりの音楽ができるんだね。」と話しました。

同じ音の形なら、受ける印象は同じかな?

続けて嘉屋さんは「じゃあ、同じ“4つの音がおりてくる音の形”であれば、同じ印象かな?」と問いかけます。例えば、始まりの音を変えてみると、「明るくなった」「暗くなった」と声が挙がります。「じゃあ、今みんながこの音の形を“暗い”って言ったけど、いつでもそうかな?」と問いかけ、同じ音型を、別の高さの音型と比べて弾いてみます。すると不思議なことに、最初の音と比べた時は暗く感じたのに、別の音と比べると、同じ音でも今度は明るく聞こえるという意見が。

「じゃあ今度は、全く同じ音型だけど、こんな風に弾いたらどう感じる?」と、勇ましく弾いたり、はかなげに弾いたり、ゆっくり弾いたり、素早く弾いたりしてみせると、「最初のは元気に聞こえたけど、次のはさみしく聞こえた」などと、弾き方によっても全く違う印象を与えることを体験しました。

「今、ここで」しかできない表現、抱けない感情

次に演奏したのはラフマニノフの「音の絵」 Op.33-8。同じように“4つの音が下りてくる音型”を使っているのに、モーツァルトとの違いに子どもたちも息を飲みます。「モーツァルトの曲は楽しかったのに、ラフマニノフの曲はさみしい感じ」、他にも「こわい」「得体の知れないものに触れた感じ」「悲しい気持ちを明るくしようとしているみたい」などと、様々な感想が聞かれました。嘉屋さんも、一人ひとりの感想に対して「何でそう思ったのかな?」と丁寧に耳を傾けます。「みんなそれぞれが自分の経験にもとづいて“あの時の感じ”をイメージしたんだね。たぶん5年後、10年後にもっと色々な経験をしてから聴くと印象も変わってくると思うよ。」と話しました。

同じ曲を聴いても、クラスによって反応も様々でした。シーン…と静まり返って聴き入るクラスもあれば、「あ、今〇〇になった」「こんな感じ!」と曲の変化を実況中継するクラスも。あるクラスで嘉屋さんは子どもたちにこう言いました。「この曲はどのクラスでも弾いているのだけど、さっきのクラスと今のクラスでは、全く違う弾き方になった。それは、君たちがいるからなんだ。」「さっき、この部分を弾いた時に、一瞬でみんながシーン・・・となったポイントがあったの、覚えてる?」と尋ねると、子どもたちもそこが印象的だったようで、「あっわかった!」「低くて暗かったのに、急に高くて明るい音に変わったから、はっとした」「急に天から光が射したみたいに感じたから」などという答えが返ってきました。

「それはね、実は偶然じゃないんだ。このクラスのみんなの集中を集めて、シーンとした沈黙の時間を作りたいと僕が思ったから、意図的にそうなるように弾いたんだ。君たちがいたからこそ、でてきた表現なんだよ。これこそライブでしかできない表現だよね。」と語ると、子どもたちは驚きの表情を浮かべました。

音楽の三角形「作曲家」―「演奏者」―「聴衆」

嘉屋さんは「音楽を聴く」ということは、こうして「作曲家」「演奏者」「聴衆」といった三角形でできていて、「この3つは、どれが欠けても成り立たないけれど、お互い非常に密接に関係しているし、色々な形にも変化するんだ」ということも話しました。

「例えば、僕は「演奏者」だけれど、常に自分の音楽を聴いている「聴衆」でもある。即興演奏の場合は、「作曲家」と「演奏者」が一緒になるよね。僕は作品と対話して「作曲家」の意図を読み取ろうとするけれど、僕が「どう作品を理解するか」「どう伝えたいか」によって、「聴衆」への作品の伝わり方も変わってくる。それは、さっき僕の弾き方が変わったことで、みんなの受け止め方、つまり「聴衆」と「作品」の対話に影響したことからも分かるよね。同時に、「聴衆」であるみんなの聴き方や反応によって、僕の演奏が変わったという意味では「聴衆」であるみんなが作品に影響を与えている。対話は一方向ではないし、対話によってお互いがぐっと近づいていくのがわかるよね。」

作品づくりに参加しよう:「作曲家」「演奏者」「聴き手」が近づく時

最後に、みんなにも作品づくりに参加して、「作曲家」と「演奏者」と「聴き手」がぐっと近づく体験をしてもらいました。3人の子どもたちから1人1音ずつ選んでもらい、4人目の子には「どんな雰囲気の曲にしたいか。どんな場面か」を決めてもらいました。子どもたちが思いつくままに選んだ音やストーリーを伝えると、嘉屋さんはその音とテーマを様々に展開させ、さらに子どもたちのリアクションに対しても即時に反応しながら即興で曲を作ってくれました。もちろんクラスによっても全く違う曲になり、子どもたちは「自分たちのアイディアがこんな壮大な曲になるなんて」と目を丸くてしていました。

嘉屋さんは「いくつかの音と、こんな音楽にしたいというアイディアさえあれば、いくらでも音楽が展開できる。音楽は生きているんだ。」ということを目の前で見せ、「音楽が生まれる瞬間」に立ち会わせてくれました。

 
質問コーナーより

質問コーナーでも「弾いている時は何を考えているの?」「やりがいは?」「即興ってどうやってやるの?」などといったたくさんの質問が出ました。

「音楽をもっと楽しむためには?」という質問には、「さっき一つの音型でも色々な表情があったように、細かい工夫に気づき、繊細な表現の動きを味わえるようになったら、もっと楽しめるようになる。」と答えました。すると先生から「そういう細かい違いにはどうしたら気付けるようになるのでしょうか」と質問が。嘉屋さんは「たとえば、銀杏の黄葉がきれい、と一言で言っても、実は1枚1枚葉っぱの色づき方は絶対に違う。1枚の葉でも、表からか裏からか、光を透かしても見え方が違う。そんな風に、日々の生活の中で、色々なことの細かい違いに目を向けると、気づけるようになるのではと思います。」と答えました。

「それから、時間をかけること。みんなと同じ10歳だった頃に、大切にしていたカブトムシが死んだこと、中学生になって今までの音楽観をくつがえされる曲に出会ったこと、それからもっと色々な経験をしてから聴くと、同じ曲でも前には見えていなかったものが見えてきたりする。だから、今日聴いた曲も何年か後にまた聴いて欲しい。その間に、音楽だけでなくたくさんの経験をして欲しい。そして、その時の自分にしか感じられない感情というのを大切にして欲しい」ということを伝えました。

こうした話を聞いた子どもからは「音楽は一つの決まった答えがあるわけじゃなく、同じ音楽でも感じ方が違うから、無限に可能性があるっていうことかな」と声が挙がりました。嘉屋さんは「そうだね。聴き方に一つの正解というのはないね。作曲家が何を伝えたかったのか、を一生懸命に考えるのは大事。でもそれと同じくらい、その音が今の自分にどう響いたのか、を素直に感じることも大事」と語りました。「演奏者」である自分にとっては、作曲家の意図を汲むことと、自分がどう感じて何を伝えたいのか、その両方とも大切にしているということも話しました。

さらに「他の人の演奏を聴いて、自分と違う演奏に出会った時、どう思いますか」という質問も出ました。嘉屋さんは「他の人には、自分には見えない何かが見えていることがある。それが新たな発見につながることもある」と話し、「みんなも演奏会や美術館に行ったら、必ず他の人と感想を共有して欲しい。そうすると他の人の視点を知ることができて楽しいし、自分の世界もぐっと広がります」とアドバイスもくださいました。

ピアニスト・嘉屋翔太さんよりメッセージ

「子供向けコンサート」と題する演奏会は、往々にして名曲を集めた内容になりがちです。もちろんクラシックへの入口としてそれは大切な機会であり、今回も児童の皆さんに挙げてもらった名曲をいくつか演奏しました。

しかし今回の授業では、さらに踏み込んだ内容へ挑戦する機会を頂いたことに感謝しています。この授業が目指すのは、『「心が動く瞬間」を捉えること』。ピアニストの技巧ではなく音楽そのものに、名前も旋律も知らない曲に触れる時間。生徒の皆さんは積極的に、そして好奇心を持って臨んでくれました。

即興演奏のコーナーでは、クラシックが限られた要素から生まれる美であること、何より「今、生み出されているもの」であることを体感してもらえたと思います。

 

授業後のワークシートに、「かっこいい」「楽しい」「きれい」の一言で締め括られたページはありませんでした。皆それぞれに、「なにが」「どうして」そう感じたのか、各々が一生懸命に考えてくれたのです。形容詞では言い表せない「心の動き」を、自分の内側を探ってくれたのだと思うと、これほど嬉しいことはありません。

「白い砂浜」は白一色でなく、銀杏は一枚一枚がそれぞれ黄色く染まっていく。その小さな違いに気付いた一人でも多くが、クラシック音楽に耳を傾けてくれたらいいなと願っています。

授業を実現するにあたり、あらゆる準備とサポートをしてくださった東京学芸大学附属大泉小学校の教職員の皆さま、PTNAのみなさまにこの場を借りて感謝申し上げます。

生徒さんの感想・気づいたこと
  • 嘉屋さんのピアノを聴いて、「心を動かすって、自分を感じることなんだな」と思いました。
  • 自分だけでなく、聴いている人の気持ちを予想しながら弾いていることがわかった。
  • 言葉がなくても雨を表現したり、色々なものを表現できることを知って、文章とは違う種類だなと思って心が動いた
  • 音は同じでも、一人一人の読み取り方がちがう。音楽の読み取り方は、自分次第!
  • その場で即興した曲を聴いて「この音だけでこんなメロディが作れるんだな」と思いました。そしてこの短い音、メロディだけでストーリーをすぐに思いついて友達に言っていました。なので自分でもびっくりしました。そこの部分に心が動かされました。その時、音楽ってすごいなと思いました。
  • 音楽が「楽しい・楽しい・楽しい…」となって「次も楽しいだろうな~」と思っているところに「悲しい」が来ると「うらぎられた~」と思って心が動く。
  • クラシックは歌詞がないので、自分でどんな気持ちになってもよい!だからみんなが演奏を聞いてたくさんの気持ちが発生することが、実際に聞いてわかりました。そして嘉屋さんはみんなが同じ気持ちになるところをあえて作っていた。
  • 受け取り方が、その時の気持ちや今までの経験から出るということを知って、深いなと思いました。
  • 嘉屋さんや有名な作曲家が思い描いた物語と対話したような気がした。その物語に自分が入り込んだような気がしました。その物語の場面と、自分の記憶が重なり合ったような気がしました。体から何か流れ落ちる気がした。少ないメロディの中で、このような物語や曲を作ってすごいと思った。自分の今までの記憶をふりかえることができた。
学校クラスコンサート
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