実施レポ:PTNA WINNERS PIANO CONCERT Ⅱ 「森本隼太 ピアノ・コンサート」

PTNA WINNERS PIANO CONCERT Ⅱ 「森本隼太 ピアノ・コンサート」
開催日程:2023年10月14日
会場:宗次ホール
主催:宗次ホール
後援:(一社)全日本ピアノ指導者協会

町に金木犀の香りが漂う10月、森本隼太さんのピアノ・コンサートが名古屋市の宗次ホールにて行われました。森本さんは2020年ピティナ特級銀賞および聴衆賞受賞後イタリアに留学し、2022年に英国のHastings International Piano Concerto Competitionで1位受賞など、国内外で目覚ましい活躍をされています。
今回のピアノはスタインウェイ D-274。観客席には幼い子供達や学生さんなど、若い方の姿も多く見ることができました。

公演チラシ
スカルラッティ:ピアノソナタ K.119 ニ長調/ピアノソナタ K.454 ト長調/ピアノソナタ K.24 イ長調

ピアノの音色が華やかにホールに響き、歌を紡いでいきます。K.119はオーケストラを思わせるようなスケールの大きな演奏。続くK.454はペダルを抑え、チェンバロのような風雅な調べ。K.24では森本さんが奏でる爽やかな歌声に終始聴き惚れました。

二曲目はモーツァルト:ピアノ・ソナタ 第14番 K.457 ハ短調

歯切れ良い和音の連続から、緊迫感に満ちた雰囲気漂う第1楽章。森本さんの歌は鳴り続けています。第2楽章は全てを慈しむような静かな世界。第2主題の温かさが心に深く沁み入りました。第3楽章は慟哭に至る道筋が丁寧に語られ、胸を衝くラストでした。

前半最後はスクリャービン:詩曲「焔に向かって」Op.72

最初ppで始まった和音が次々と重ねられていく。森本さんは響きや広がり、消え方、余韻などを一つ一つ確認するように演奏していきます。音の中にすっかり入り込み、時に耽溺したような表情を見せる森本さん。曲は徐々に高揚し、ラストは高みを目指すような上行音で終わります。森本さんが決然と曲を終わらせたのが印象的でした。

後半はシューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 Op.6

クララとの結婚式の前夜祭を舞台に、積極的なフロレスタン(F)と内省的なオイゼビウス(E)という2人の登場人物の頭文字が表示された各小品18曲により構成される大曲。様々な場面で森本さんは歌い続けます。内声が不思議な魅力の第5曲や、命を削るように1音が繰り出される第7曲、夢を彷徨うような第11曲とスケルツォ風の第12曲、終盤にかけて次第に募る愛や希望のような明るい世界と憂い。ドラマティックなフレーズを森本さんは思いを込めて演奏されました。

ショパン:ノクターン第16番変ホ長調 Op.55-2

拍手を受け、森本さんが最後に演奏したアンコールは、ショパン:ノクターン第16番変ホ長調 Op.55-2。秋の公園を歩いていて、ふと気づいた頭上に揺らめく木漏れ日のような、穏やかに煌めく音色。会場は穏やかな空気に満たされました。

インタビュー

終演後に森本さんにインタビューさせていただきました(敬称略)。

演奏後の森本隼太さん

名古屋での公演は初めてでしたか?

実は小学6年生の時にカワイ名古屋で1度だけ弾いたことがありますが、それ以来です。ソロリサイタルとしては、初名古屋公演となります。

初めての宗次ホールでの演奏、いかがでしたか?

素晴らしいホールで響きも豊かで、すごく楽しかったです。圧倒されるほどに音が響いてきたので、演奏しながら自分も楽しみました。

今日のプログラムについてお聞かせください。

今回のプログラムは全体的に悲劇性がある作品が多いと思います。モーツァルトのハ短調もスクリャービンも、人の中にある暗い部分がかなり強調されていると思います。

モーツァルトは6月の公演では「幻想曲 ハ短調 K.475」を演奏され、今回は「ピアノ・ソナタ 第14番 K.457 ハ短調」を演奏されました。

「幻想曲」は本当に素晴らしい作品です。その続きを勉強しレパートリーとして持ちたいという気持ちから、今回のソナタを練習しました。繋げて演奏されることもある2曲なので、一緒に弾いたらどんな風になるだろうというのが次の楽しみです。

スクリャービンについてはいかがでしたか。

今回のスクリャービン:詩曲「焔に向かって」Op.72もすごい作品でした。ラヴェルのボレロみたいに、始めから徐々に盛り上がっていく曲。フォルテシモの位置を前にしすぎるとそれ以上上がらないので最後まで待たないといけないとか、色々と考えました(笑)。

後半はシューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」でした。

一度イタリアの演奏会でこの曲を聴いたことがあり、素晴らしかったのです。それで僕の中で挑戦という意味もあって選びました。実際勉強し始めると、腑に落ちないように感じられた時期が結構長くありましたが、少しずつ理解を深めることができました。

ご自身の中で何かを具体的にイメージして演奏されたのでしょうか。

喜びを喜びとして単純に弾けないのがこの曲の難しい、捉えにくいところだと思うんです。単純に「F」だから外向き「E」だから内向きという訳ではないと。 曲の始めから最後までストーリーがあり、時間をかけて取り組むうちに、その裏側も少しずつ捉えられるようになってきました。大きな悲しみの中にもわずかに喜びが見えるからこそ、それが喜びになる。そういうイメージを強く抱きました。

シューマンとクララの結びつきも重要な意味を持つ曲ですね。

そうですね。他にも当時シューマンはジャン・パウルという書き手に影響された等、音楽の裏側にあるものについて色々と考えて臨みました。
やはりこの曲は本当に特別な曲だと感じます。これまでにも僕は交響的練習曲や協奏曲など、シューマンの曲は勉強してきたのですが、それらの曲には見られない要素が沢山入っているのです。その意味を本番前までずっと考えていました。表現できたら素晴らしいと思うのですが、本当に難しい曲ですね。

16歳でイタリアに留学されましたが、留学生活はいかがですか。

多くの方に支えていただきながら精一杯頑張っています。言葉もまあまあ喋れるようになり経験も積み、今ようやく自由に活動できるようになったと感じるので、もっと活動の幅を広げていこうと思っています。
伴奏科で学んでいますが、モーツァルトのオペラや、ロッシーニやヴェルディといった音楽を身近に触れることで多くの形式を知ることができますし、ピアノの演奏でも「歌」という部分で少なからず影響されている気がします。

今後はどういう活動をして行きたいですか。

これからさらに勉強していきたい作曲家はシューベルトですね。
今回のシューマンや9月に演奏したベートーヴェンの「皇帝」など、今夏に勉強した作品をもっと成熟させたいという気持ちもあります。またコンクールの準備も考えています。
他のレパートリーもそれぞれの作曲家の傑作と呼ばれるような特別な作品、例えばブラームスOp.116だったり、バッハの深い作品、シューベルトやモーツァルトを、もっと深く勉強したいという思いもあります。
去年の2月にヘイスティングで賞をいただいてから今年の夏あたりまで、3週間に1度はずっとヨーロッパでコンサートがありました。日本に帰国してから7月以降は、出来るだけブランクを空けるようにして、考える時間を持ちました。沢山のインプットができたので、イタリアに戻った時にどれだけ成長できるかというのが待ち遠しいし楽しみです。それを契機にジャンプしていきたいと思っています。


質問に答えながらも言葉や考えがとめどなく湧いてくるような森本さん。きっとアイデアや閃きで頭も体もいっぱいなのでしょうね。この後東京フィルハーモニー交響楽団との協演(2023年10月23日文京区シビックホール)を経て、留学先のイタリアへ戻られるそうです。貴重な経験を元に、ますます輝きを増す森本さんの今後が楽しみです。

レポート◎カイネ♪あのん
写真提供◎宗次ホール

【広告】