金子一朗 トーク&コンサート in 横浜
拍手に迎えられて、にこやかに金子氏が登場。まずは自己紹介から。とても落ち着いたステキな声にうっとり。氏が数学の教師であること、そして2005年のピティナピアノコンペティション・ソロ部門特級グランプリをはじめ、数々のコンクールで受賞されていることは周知の通りだ。
「クラシック音楽を専門的に教育機関等で勉強してきていない。好きだから個人的に勉強していただけなのだが、あるきっかけでコンクールを受けるようになり、結果を出した事で演奏活動が増え、仕事との両立が難しくなってきた。でも仕事は好きで辞める気は無いのです。」
そうだ!数学の先生をなさりながら限られた少ない時間の中で曲を仕上げる術を身につけていらっしゃるからこそ両立できるのだろう。
W.Aモーツアルト/ソナタ第17番 変ロ長調 K570
ファゴットのポポポポポッ、フルートの高音のきらめき、ホルンの重音のよびかけ、オペラ歌手のワッハッハッハ、ワッハッハッハと笑う明るい声、様々な音が聴こえて来る。とても楽しい!ステキだ!
L.V.ベートーベン/ソナタ第30番 ホ長調 作品109
晩年の深い精神性に満ち溢れたこの作品をじっくりと勉強された氏の想いがひしひしと伝わって来る。私の耳は音を追い、目は指を追う。頭の中に楽譜さえも現れる。身を乗り出して一心に聴いた。
休憩後は3回目のトーク。
「知人のプロのピアニストは、演奏会までどのように作品を仕上げていくかということについては、あまり語りたがらない。何故か・・・それは多分"企業秘密"なのだろう。でももしそれを知ることができたらとても面白い。では、僕のやり方はというと、変わっていると言われる事もあるが、逆に作曲系の方は、非常に正しいやり方だと言ってくれる。25歳位から分析する方法を使って覚えている。記憶力のあった20歳頃より、今の方が作品を覚えて仕上げることが速くなっている。だから僕のやり方は正しいのだと思う。」
氏は少ない時間で仕上げるために漫然と譜読みはしないのだ。
「そしてこの方法が出来るようになると、何が変わるかというと、楽譜を読んでいるだけで全て音楽が頭の中で鳴るようになる。つまり楽しくなる。何故楽しいのか?その曲を"聴きたい"とは思わなくなる。つまり頭の中で"理想的な音楽"が流れるようになる。だが、理想が高くなればなるほど、今度は音にした時のギャップが大きいので大変になる。しかし、このように仕上げることが最近のトレンドになりつつあるそうだ。」
弾きたくても弾く時間の無い氏が生み出した素晴らしい"金子メソッド"。ピアノの無い所で出来ることは全てやってしまうとは超人的だ。
「こうして分析し、指使いを決めてやっとピアノに向かうのです。」
時間が無い、部活で忙しい、練習できない・・・とぼやく我が生徒たちに"金子メソッド"を教えてあげよう!そして私も反省する。自分の本番前に、生徒のレッスン中、"あぁ、自分の練習がしたいなぁ"などと不謹慎な事を考えるのはやめようと。
J.ブラームス/ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 作品24
ヘンデルのクラブサンのための組曲から取られた主題から始まり25個の主題変奏、性格変奏、リズム変奏を、氏は丁寧に丹念に紡いでいく。そして待ち受ける壮大なフーガ。見事な気力と気迫で弾ききる。
ブラボー!湧き起こる大きな拍手。きっと息が上がっていらっしゃるだろうに、この曲が"急~緩"がバランスよく配置され構造的にも興味深く、数学で言うと"フラクタル"みたいなもの・・・とお話して下さる。
アンコールに応え、やはりブラームスの晩年の作品の中から、作品117より第1曲を演奏してくださった。子供を眠りにつかせようと、心のこもった静かに響く歌声。私には神々しい光さえ感じた。
トークコンサートを聴き終えて、金子氏の音楽に対する真摯な姿勢に頭の下がる思いがした。楽譜を読み解き分析する。音楽を学ぶ者、奏する者は、それをしているかと問われればしていると答えるだろう。しかし、金子メソッドは深い。更に更に深い!読んで読んで読み込んで、でもまだ弾かない。私には禁欲的にさえ思える。
金子一朗先生、ありがとうございました。
これからも数学の先生として、ピアニストとして更なるご活躍をお祈りしております。
3月のサントリーホールでのラベルのピアノコンチェルトも楽しみにしております。
そして願わくば、いつの日か数学の授業を聴講させて頂きたいです。
レポート◎寺北香苗(ピティナ指導者会員)